抄録
真核生物を宿主とするプラス鎖RNAウイルスは,一部の例外を除いて,細胞小器官の膜上でゲノム複製を行う.膜結合性ゲノム複製複合体のこれまでの研究から,その構造と機能にはウイルスの分類を超えた多くの共通性が見えてきた.著者らは,プラス鎖RNAウイルスの主要なグループのひとつであるアルファウイルススーパーグループに属するウイルスがコードする,ゲノム複製に必須な非構造タンパク質 (複製タンパク質)が,「ビロポリン (viroporin)」として機能し,複製複合体が形成された膜の透過性を亢進することを見いだした.これにより,真核プラス鎖RNAウイルスの三大スーパーグループ(ピコルナ,フラビ,アルファ)の代表的なウイルスが,共通してビロポリンを複製タンパク質としてコードすることが明らかとなった.真核生物は,主に生体膜を用いて様々な細胞内化学環境の並存を可能としている.一例として,細胞質基質における還元的な環境と小胞体内腔における酸化的な環境の並存が挙げられる.アルファウイルススーパーグループの一部では,ビロポリンは小胞体内腔の酸化力を細胞質へ放出し,複製タンパク質の酸化依存的な酵素活性化を促進した.この知見は,分類を超えて認められつつも,断片的であった3つの事象―ビロポリン・酸化依存性・ゲノム複製―を1つの線で結ぶものであった.ビロポリンが関与する分子経路はウイルス特異的であると想定されることから,プラス鎖RNAウイルスの生活環の中核を標的としつつも,人体への副作用が少ない,チャネル遮断剤および抗酸化剤等を含む,非ヌクレオチド系新規抗ウイルス剤の開発への可能性が広がった.