抄録
かつて,韓城地区の各集落には,村民が定住する本村とは別に,一朝有事の際に敵の来襲を避け,逃げ込むための寨(さい)が設けられていた。現在でも70有余残存しているもののうち57箇所の寨を現地踏査し,寨の構造と形態,果たした機能,その形成要因について考察を行なった。また,住宅の平面事例の採集を精力的に行ない,前報で提示した当地区における四合院住宅の地方性,および各住戸における平面構成原理と居住形式を解明した。寨については,まず寨造りを促した主要な要因の一つである回族の韓城地区への来襲ルートと襲撃の残虐性を明らかにし,このような敵の来襲に備えて,逃げ易さと守り易さの両方の機能を満たすべく,本村から1㎞程度の範囲内でかつ周囲を谷で囲まれた地形的に急峻な場所を選んで寨が築造されたこと,その構造と形態は,地形条件のほか本村の規模,経済的条件,侵攻ルートとの位置関係を反映して多様な様相を呈していること,韓城内の5地区毎にそれぞれ特有の様相をもつことを解明した。更に寨の設置個数による類型(単一寨,複数寨,共同寨),本村と寨との地形的位置関係(平地型,準崖上型,崖上型,孤島型,崖縁型)と距離,地城,設置年代を勘案し選定した韓城地区を代表する6箇所の典型的な寨について詳細な解説を加えた。最後に,寨を保有せず村自体を防御した城壁村の発生要因を考察した。住宅については,当地区の四合院住宅の平面構成の特徴として,住戸配置において,南入りで上房を北に置く「座北朝南」のタイプが大勢を占めること,室ユニットは,上房が3間1室型,門房は5間,廂房(しょうぼう)は多様であるが,これまでの奇数学説に反する偶数間が多数存在し,2間1室型を基本単位とする組み合わせが主流で,所謂「一明両暗」型は皆無であること,居住形式においては,上房が儀式および接客専用であリ,主人の臥室は門房に確保されるといった従来の研究成果とは異なる実態が把握された。廂房については「兄東弟西」のほか,「兄左弟右」,上房を背に右廂房の手前を子宝に恵まれる室として若夫婦の臥室にするなどの利用序列原理が働いていたことを実証した。