2016 年 13 巻 p. 59-81
本研究の目的は,障害者の自立生活運動における介護労働をめぐって展開さ
れた,介護の無償・有償論争を考察することを通して,ケア労働の普遍的特性
について示唆を得ることである.自立生活運動は,貨幣の機能を有効に用いる
ことによって,ケア労働者の数を拡大し,生活の安定と持続を可能にしてきた.
このことはケアの担い手を家族から他人へと変化させ,またその労働形態を無
償労働から有償労働へと転換させた.そうしてもたらされた自立生活の進展を
考えれば,ケアと貨幣を交換することで商品として介護サービスを提供するこ
とには妥当性がある.しかし,自立生活運動における無償・有償論争を丁寧に
読み解くと,介護の有償化をめぐっては否定的な意見が少なくなく,現代にお
いても介護が貨幣に依存するあり方には,強い注意が払われている.つまり,
彼らは貨幣を媒介することでケアの安定性を生み出してきたが,同時に貨幣に
従属されないケアのあり方も模索してきた.ケア労働が人間の人格と生活を尊
重する労働であるという普遍的特性を鑑みたとき,労働者の雇用環境を十分に
保障する貨幣の供給と,貨幣に従属されない,貨幣を距離化したケアは,ケア
の安定化と豊饒化のために求められる条件であることを指摘する.