抄録
近年,望ましい認知症ケアの実現のために医療が適切にかかわることの
重要性が強調されてきている.本稿は,まず、認知症の人への介護・ケアの
領域で,医療の論理が適用されることで,認知症ケアの相互作用プロセス
がいかなるものとなるのかを記述した上で,そのことをどう評価できるか
を考える.
その考察のために,本稿はあるデイサービスにおける若年認知症の人を
めぐるケア実践の事例検討を行う.スタッフ,家族,本人へのインタビュー
調査やTの参与観察などで得た質的データをもとに以下のようなことが
見だされた.まず,診断によって提示される認知症の予後と対処を本人
家族は必ずしも受け入れず「進行を認めたくない」という思いを強く抱く.
それに対して,デイサービスでは家族と本人の思いを前提とした上で,医
療の技術・論理を戦略的に用いてケアを展開している. これらから,医療
の論理はダイレクトに実際のケア実践を変化させるわけではないが,デイ
サービス側が利用者の思いに配慮した適切なケアを行っていく上で効果的
に用いられることがあると言えるだが,医療の論理を動員しながら「進
行」に抗するというストーリーを作るケア実践は,認知症が進行して重度
状態になった人を包摂することが難しいという難点もはらんでいる.そう
した医療の論理の功罪をより明確にしていくような比較検討が本稿以後の
課題となる.