抄録
本稿は、固定資産の勘定明細を分析することにより、戦時期における減価償却の実務を明らかにすることが目的である。戦時期は、会計規制の近代化に貢献したと指摘される会社経理統制令(1940年)をはじめとする諸法令が制定された時期である。一次史料である王子製紙決算報告書を用いて、減価償却実務の一端を明らかにするとともに、経理統制が実務に対して与えた影響を考察した。
1941年に、固定資産に係る会計諸表や科目名に変化が生じ、減価償却費の計上は銭単位の端数まで行うようになった。また、金額的重要性の高い固定資産項目に対して重点的に償却を行っている傾向が確認された。会計処理の変化は、会社経理統制令の制定時期と重なり、法令の影響を受けたものと推察される。また、1942年には会社固定資産償却規則が制定されており、減価償却の実務に影響を与えていたものと考えられる。他方、固定資産の項目ごとに着目すると、減価償却の規則的な手続きは見られず、計算規程の浸透には時間を要した可能性がある。