抄録
地球上の全ての生物はATPという化学物質の加水分解によって放出される自由エネルギーを生命活動のエネルギー源としている。そのため,常に大量のATPを合成・分解しながら生きているのであるが,その合成が,生体膜の内外にできた電気化学的ポテンシャル差に駆動される水素イオン(プロトン)の流れによって起こることが確証されたのはATPの重要性が認識されたリップマンの研究からはるかに後の1970年代であった。通常の化学反応では物質の構造が変化するが,ATP合成を駆動するための"反応"は,濃度差あるいは電位差のある膜を透過するプロトンの移動である。本解説ではその研究の歴史を概観した後,電気化学的ポテンシャルの差でATPの合成という化学反応が駆動されるということの意味について考える。