抄録
九州歯科大学はその前身である九州歯科医学校として1914(大正3)年福岡市に開校し、
昨年100周年を迎えた。時を同じくして日本口腔外科学会も創立80周年を迎えたことから、
80周年記念誌の主要企画として、戦前からの歴史を誇る東歯大、日歯大、大歯大、日大歯
学部、東医歯大と本学の6校に東大、千葉大、阪大、九大を加えた10校の口腔外科の歴史
を編纂することになった。本学については私が分担執筆したので、第75回九州歯科学会総
会で講演させた頂く機会を与えられた。
本学100年の歩みの中で、学術については永松勝海校長の発案で1931(昭和6)年5月に九
州歯科学会が設立され、当時の口腔外科部長であった新畑小一郎助教授が運営にかかわっ
ていた。九州歯科学会の設立と1933(昭和8)年3月からの九州歯科学会雑誌の発刊によっ
て本学における歯科学の礎が築かれ、今日まで連綿と発展してきた。
そこで、学会草創期の沿革と学会の主柱の一つであった口腔外科教室の歴史を交織させ
て、先人の遺徳を辿ってみることにした。
本学口腔外科の歴史は創立と同時の松井太郎九州帝国大学医科大学耳鼻咽喉科講師の講
義が嚆矢となる。附属病院は1914(大正3)年5月18日に開院し、口腔外科の診療は同年8
月1日に始まっている。歴代の外科部長は歯科医師が担当しているが、ご多聞に漏れず口
腔外科は医師が、歯科外科は歯科医師が教育と臨床を受け持つという役割分担が明確で
あった。しかし時は流れて、歯科医師による口腔外科の教育と臨床が行われるようになる
が、その過程はわが国の歯学教育にとっても極めて興味深い。
また、昨年80周年を迎えた日本口腔外科学会においては、1933年(昭和8)年5月にその
前身となる口腔外科集談会が発足している。この会は東京在住の16人が発起人となってい
るが、その中に本学専門1回生で、第四代外科部長であり、後に東京高歯(東医歯大)助教
授や関東逓信病院歯科部長として活躍された大橋二郎先生が幹事として加わっている。本
学口腔外科の諸先輩も日本口腔外科学会においても大きな関わりを持っていたことも知る
ことができた。
本学は国立とも私学とも異なる設立母体であるため、設立母体の変遷の度に存亡の危機
に晒され、その都度、口腔外科教室も波乱万丈の歴史を歩んできた。源流から今日までの
歴史をわが国の口腔外科の歴史と対比させながら、歴代部長の足跡を中心に渉猟しえた記
録に基づいて話をしてみたい。