抄録
私は、かねてよりフィールドワークやインタビューを中心に据えた質的な調査研究をおこなっており、つねに現場のようすをどのように記録するかに関心をよせてきた。研究の成果は、最終的には論文や書籍という形で公開されることになるが、日常的に冊子やZINEと呼ばれる私製の出版物にまとめることも習慣づけている。暫定的であっても、ひとまずアイデアを紙に定着させることによって、流通可能な形になる点に意味がある。印刷物は、人と人とのコミュニケーションを促進するメディアであり、同僚をはじめ、興味を持ちそうな読者とやりとりする機会を生む。それを契機に、さらに執筆活動を続けることができる。つまり、印刷物をつくることは、たんなる成果の公開・保存に資するだけではなく、それ自体が対話的な探索の過程だといえる。本論考では、まず日本における「文章運動」の動向を概観し、その上でセルフパブリッシングの性格づけをおこない、近年すすめている実践について紹介する。自らの問題意識にもとづいて闊達にテキストを綴り、私製の出版物をつくるプロセスこそが、私たちの対話的探究の機会を構成することを示したい。