抄録
【目的】高齢社会の現在、高齢者の転倒の増加とそれによる骨折、そしてそれらに続発する身体的な障害や転倒後症候群、寝たきりなどが大きな社会問題となっている。転倒経験は、再転倒に対する恐怖心をもたらし、この転倒恐怖心は身体能力、特に協調性やバランス能力に影響を及ぼす。本研究では、転倒の内的要因のうち再転倒に影響を及ぼすと考えられる転倒歴、転倒恐怖心と身体バランス能力に着目し、これらの関連性について明らかにすることを目的とした。
【対象と方法】対象者は、外来通院患者34名(男13名、女21名、平均年齢74.0±10.2歳)である。対象の条件としては、改訂版長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)にて21/30点以上で認知症の疑いがない者。歩行が独歩あるいは杖使用により自立している者とした。これらの対象者に対して、転倒歴の聴取と転倒恐怖心の評価、静的・バランス能力および歩行能力の評価を実施した。転倒歴は、過去一年以内の転倒歴を本人・家族より聴取した。転倒恐怖心の評価には、Falls Self-Efficasy Scale(FES)を用い、質問に対して口頭による回答を得た。静的バランス能力の評価としてはFunctional Reach Test(FRT)、開眼片脚立位(OLS)。動的バランス能力および歩行能力の評価にはTime Up and Go Test(TUG)、Four Square Step Test(FSST)、10m歩行時間の3つを行った。得られた結果から、FESにおける転倒群と非転倒群の比較、転倒歴の有無とバランス機能との関係、各群におけるFESとバランス能力との関係について比較、検討した。
【結果】転倒群・非転倒群のFESの比較については、統計学的な差はなかった(P=0.07)。転倒群と非転倒群のバランス機能、歩行速度を比較した結果、有意な差が認められ(P<0.05)、非転倒群は転倒群に比べ良好な値を示した。各群における転倒恐怖心とバランス機能との関連では、転倒群ではFESとバランス機能、歩行速度との間には明らかな相関関係は認められなかった。一方、非転倒群については、FESとOLS、TUG、FSST、10m歩行との間に中等度の相関がみられ、転倒恐怖心が低いほど、OLS、TUG、FSST、10m歩行の各バランス機能が良好であった。
【考察】今回の結果から、転倒経験を有する高齢者は非転倒経験者に比べると明らかに、バランス機能が低下していることが判明した。また、バランス機能については、静的および動的バランスのどちらの機能共に低下していた。転倒歴がある高齢者では、転倒恐怖心とバランス機能に関連性はなかったが、転倒経験がない症例では転倒恐怖心とバランス機能とは関連することが示唆された。今後転倒恐怖心や転倒しやすい人の要因の更なる検討が必要であると考えられた。