抄録
【目的】
脳卒中治療ガイドライン(2009)では,ペダリング運動は歩行能力の向上や,筋再教育に有効であり,通常のリハビリテーションに加えて行うことを推奨している.
先行研究では,亜急性期脳卒中片麻痺患者に対するペダリング運動は,持久性を向上させるだけでなく,歩行速度や柔軟性,筋力などの全般的なフィジカルフィットネスを改善すると報告されている(Duncan,2003).
また,Bilateral Leg Training(両側肢のリズミックな交互あるいは同時運動;以下BLT)が,脳卒中片麻痺患者の運動機能を改善させるとする先行研究が報告されている.
ペダリング運動に用いられる自転車エルゴメーターは,歩行困難症例であっても使用可能であり,一側下肢が駆動できれば定量の負荷量設定が可能であるため,臨床場面では幅広く使用されている.しかし,サドルを跨ぐ動作や座位の安定性を要することから,重度の脳卒中片麻痺患者が実施するには困難な場合が多い.以上より,本研究では,車椅子やベッドに座った状態で駆動できる簡易駆動装置を使用し,脳卒中片麻痺患者の持久力と下肢運動機能に対するBLTの有効性を検討した.
【方法】
対象は,亜急性期~回復期脳卒中患者3名(男性3名,平均年齢72.3±25.5歳,平均罹患期間36.7±16.1日)である.
BLTは,MAGNECISER(Chattanooga社)を使用し,車椅子坐位で実施した.介入時間は10分間とし,介入期間は週5回,4週間とした.運動負荷は、Karvonen法を用い,運動強度を70%と設定した.評価項目はFugl-Meyer assessment scale(FM)の下肢・下肢協調性項目,Functional Independence Measure(FIM)の運動項目,脈拍数,血圧,および6分間駆動距離の5項目とし,介入前後に評価を実施した.
【説明と同意】
BLT開始に際しては,先行研究での知見を含めた充分な説明を口頭で行い,自由意志にて同意を得た.
【結果】
FMの下肢・下肢協調項目では,2症例で介入後に点数増加が認められ(症例A:+7,症例B:+9),1症例では変化なかった(症例C).FIM運動項目では,3症例全てにおいて増加が認められた(症例A:+11,症例B:+5,症例C:+15).6分間駆動距離は2症例で増加が認められた(症例A:+0.44mile,症例B:+0.3mile)が,1症例では低下した(症例C:-0.05mile).運動後の脈拍上昇率,運動後の血圧上昇率は全症例において,特異的な変化は認められなかった.
【考察】
2症例(症例A,B)において介入後に特異的な駆動距離増加が認められた.これは自転車エルゴメーターを利用した先行研究と同様の結果であり,BLTにおいても脳卒中患者の全身持久力を向上させることが示唆された.また,2症例(症例A,症例B)のFMの下肢・下肢協調項目の得点がそれぞれ増加していた(7点,9点).Beckrmanら(1996)は,FM得点で5点より大きい変化は測定誤差より大きな変化を反映していると報告しており,2症例については,BLTが下肢運動機能を改善させたと考えることができる.Pageらの先行研究も同様の結果を示しており,両側肢の交互運動が麻痺側下肢運動機能改善に有効であることが示唆された.しかし,1症例(症例C)においては,下肢運動機能障害が重度であり,十分なペダリング運動が困難であったことから,持久力・下肢運動機能への改善効果が得られなかったと推察される.
今後は,BLTの適応範囲を明確にするとともに,有効性を検証するため,サンプルサイズの増大や比較対象試験を実施していきたい.
【理学療法研究としての意義】
先行研究では,両側性運動は脳卒中片麻痺患者の上肢運動機能改善に効果的であるといわれているが,下肢運動機能に焦点化した報告は少ない.症例数は少ないが,本研究により,脳卒中片麻痺患者に対するBLTは,持久力だけでなく下肢運動機能も改善させる可能性があることを示唆することができた.