近畿理学療法学術大会
第50回近畿理学療法学術大会
セッションID: 89
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脳卒中患者に対する多重課題トレッドミル歩行練習の試み
-症例報告-
*大門 恭平生野 公貴中村 潤二梛野 浩司
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抄録

【目的】近年、脳卒中患者の転倒には注意機能が大きな影響を及ぼすことが示唆されている。また、脳卒中発症後、過去1年間に転倒した者は二重課題(Dual Task:DT)下10m歩行時間が延長していたと報告がある。そのため、注意機能とDT歩行能力の改善は転倒予防に重要であると考える。脳卒中患者に対するDT歩行練習を行った報告では、トレッドミルを用いてDT練習を行い、注意機能とDT歩行能力に改善を示したものがある。しかし、そのDT処理能力低下に対し練習を行った報告は少ない。本症例ではDTと特に多重課題(Multiple Task:MT)下歩行時に歩行実用性が低下していた。そこで、脳卒中患者1症例に対して多重課題トレッドミル歩行練習(MTTT)を実施し、注意機能と身体機能に対する効果を検討することとした。
【方法】対象は53歳女性。右前大脳動脈の解離性動脈瘤破裂によるクモ膜下出血に対しクリッピング術を施行され、発症後6ヶ月を経過した左片麻痺患者。左上下肢に軽度の運動麻痺を認め、注意機能はTrail Making Test(TMT)の結果より、注意の分配性に中等度の障害が見られた。ADLは入浴以外ほぼ自立であったが、歩行能力に関してDT・MT下では歩行速度が低下し、屋外歩行ではDT・MT下で小さな段差でのつまずきや、周囲の車などへの注意が低下しており軽介助を要した。介入前の約1カ月間は標準的理学療法を実施したが、身体機能は以前から高いレベルにあったため変化は見られず、注意機能もTMT-A・B共にほぼ変化が見られなかった。介入方法について、MTTTは患者がややきついと感じる歩行速度を設定し、きついと感じる歩行速度まで漸増的にトレッドミル速度を上昇させた。歩行と同時に左右のポケットからポケットへのコイン移動である運動課題、語想起や連続2減算等の認知課題といったDT、コインを移動させながら減算する運動課題と認知課題の同時遂行といったMTを負荷するものとした。介入は1 日20分、週5回、3週間とした。評価項目は自由歩行、DT下として運動課題(DTコイン移動)下での歩行、認知課題(DT語想起とDT連続2減算)下での歩行、MT下での歩行の5条件における10m歩行速度、Timed Up&Go Test(TUG)、DT・MT下でのTUGと、屋外歩行における動作観察とした。MTの認知課題に関しては連続2減算を行った。注意機能はTMT-A・Bを評価し、これらの評価項目は介入前後と介入後の1週間後の3回実施した。
【説明と同意】本研究は研究実施施設長と主治医の許可を得た。対象者には文書にて本研究の趣旨を書面にて説明し、同意を得たのちに治療介入を行った。
【結果】介入後において、自由歩行での歩行速度にほぼ変化はなかったが、DTコイン移動下歩行速度で14%、DT語想起下歩行速度で24%、DT連続2減算下歩行速度で15%の改善率であり、MT下歩行速度では21%の改善率であった。また、TUGで18%、DTコイン移動下TUGで15%、DT語想起下TUGで11%、DT連続2減算下TUGで20%の改善率であり、MT下TUGでは20%の改善率であった。屋外歩行における動作観察ではDT・MT下歩行にて小さな段差につまずくことは減少し、車などへ注意を向けることが可能となり見守りとなった。注意機能に関してはTMT-Aは83秒から72秒、TMT-Bは230秒から115秒と改善を認めた。介入後の1週間後の評価では全ての評価項目において維持されていた。
【考察】介入後にDT・MT下歩行速度・TUGが改善し、DT・MT下の屋外歩行にて見守りとなったことからMTTTは注意の分配能力が必要な動作に対して特異的に効果がある可能性が考えられた。また、トレッドミル上で練習を行ったにも関わらず改善が見られたことから、MTTTは他の環境に汎化する可能性があると考えられた。さらに、介入後に自由歩行速度は変化が見られなかったが、DT・MT下歩行速度が改善したことから、DT・MT下の歩行能力低下は単一課題の歩行練習のみでは不十分であり、MTTT練習で改善する可能性を示唆している。注意機能に関しては、TMTで介入前の1カ月間変化がなかったにも関わらず介入後に顕著に改善したことから、MTTTは注意機能改善にも効果的である可能性が考えられた。以上のことからDT・MT下の屋外歩行能力が改善したと考えられる。今後は症例数を蓄積し脳卒中患者に対するMTTTの効果について検討していく必要がある。 【理学療法研究としての意義】脳卒中患者の転倒には注意機能が影響を及ぼすことが示唆されおり、DT・MTに関するメカニズムや脳卒中患者と関連した報告は少ないが、ADLは二重・多重課題の要素を含んでいることからDT・MT練習は重要であると考えた。また、DT・MT下歩行時でも立ち止まることがないなどの許容量がある症例については、MTTTなどの強い負荷量で実施することによりDT・MT下動作能力、注意機能に効果的である可能性が考えられた。

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© 2010 社団法人 日本理学療法士協会 近畿ブロック
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