抄録
【目的】
近年,運動観察と身体練習を組み合わせた運動観察治療(Action Observation Therapy;以下AOT)の効果が報告されている.慢性脳卒中片麻痺患者の上肢に対するAOTの報告では,日常生活動作の観察と身体練習の組み合わせが,身体練習のみと比べ,運動機能を有意に向上させたと報告されている.さらに,30分間の母指伸展運動のAOTが,麻痺した母指伸筋の一次運動野の皮質興奮性を高めると報告されている.これは,目標指向型動作だけでなく,単純な関節運動のAOTによっても運動機能改善を導く可能性を示している.一方,脳卒中後の下肢運動機能障害に対するAOTの報告は散在する程度であり,さらなる臨床研究が必要とされている.よって,本研究の目的は脳卒中片麻痺患者の足関節背屈機能障害に対して,単純な関節運動のAOTを行い,その効果を検証することである.
【方法】
対象は初発の脳梗塞(皮質下)右片麻痺を発症し,2カ月経過した70歳代の女性とした.研究開始時の理学所見としてFugl-Meyer下肢項目は24/34点,下肢粗大触覚は7/10,足関節運動覚は5/5,Mini-Mental State Examinationは28/30点,半側空間失認,失語症などの高次脳機能障害は認めなかった.下肢粗大筋力は4レベルであったが,足関節背屈MMTは1レベルであり,足関節背屈Modified Ashworth Scaleは2であった.FIMは111/126点で,院内移動はT字杖と短下肢装具にて歩行自立レベルであった.麻痺側足関節背屈機能低下に対して反復練習,課題指向型練習を積極的に取り入れ,毎日60分以上の理学療法を提供したが,著明な足関節背屈機能向上を確認することができなかったため,介入開始となった.〈BR〉
研究デザインはABAデザインを用い,Aを基礎水準期,Bを操作導入期とした.基礎水準期,操作導入期はいずれも2週間とし,介入は週に5回実施した.また,研究期間中通常の理学療法も施行した.〈BR〉
AOTは健常女性が右側足関節背屈運動を実施している場面を撮影したDVDを作製し,その映像を観察しながら同時に同運動を行った.DVDはデジタルビデオカメラで一人称視点になるように正中,外側,内側の3方向から撮影し,各方向からの映像を10分間ずつに編集し,9インチのDVDプレーヤーを使用して再生した.VTR中の足関節背屈運動は1秒間に1回行われ,参加者は椅坐位で映像を観察しながら運動を行った.また,このときVTR中の足関節背屈運動を模倣する意図を持って観察するよう指示した.一日の介入時間は3方向からの映像を各10分間の計30分間行い,10分間ごとに約1分間の休憩を取り入れた.評価項目はFugl-Meyer足関節項目(FM足項目),足関節自動背屈関節可動域(足関節背屈ROM),足関節背屈筋力,短下肢装具なしでの最大10m歩行時間・歩数とし,各期の直前直後に測定した.足関節背屈筋力の測定はHand-Held Dynamometer(ANIMA社製μ Tas MF-01)を用いた.測定肢位は左側股関節膝関節屈曲90°・足関節中間位,右側股関節屈曲90°・膝関節屈曲50°・足関節底屈30°で,両側足底が床に接地した端坐位で統一し,等尺性足関節背屈筋力を3回測定し,最高値を採用した.また,研究期間中通常理学療法も施行されていた.
【説明と同意】
先行研究の知見や方法について口頭及び紙面にて十分に説明を行い,自由意志にて同意を得た.
【結果】
ABA各期における変化量は,FM足項目が0点,+4点,0点であり,足関節背屈ROMは0°,+5°,0°であり,足関節背屈筋力は0kg,+2.7kg,-0.6kgであった.最大10m歩行時間は+2.8秒,-6.7秒,-0.4秒であり,歩数は+2歩,-4歩,-1歩であった.
【考察】
AOT後,麻痺側足関節背屈の自動運動が確認できるようになり,足関節背屈筋力,ROM,FM足項目に改善を認めた.これは,先行研究と同様に,運動方向の一致した運動観察と身体練習を組み合わせることで,足関節背屈筋の皮質興奮性を高め,足関節背屈機能向上を導き,さらに歩行時間や歩数の短縮に関与した可能性が考えられる.〈BR〉
先行研究では,日常生活上の上下肢運動の観察と身体練習の組み合わせが一般的であるが,本研究では単純な単関節運動をVTRに使用した.これにより,単純な単関節運動のAOTは,先行研究と同様に,脳卒中後の機能障害を改善させる可能性が考えられる.しかし,本研究は回復過程にある参加者を対象にしたことから,自然回復の影響を除去した研究デザインで効果を検討していかなければならない.
【理学療法研究としての意義】
シングルケースデザインではあるが,AOTの臨床応用への根拠の一部を提供できたことは意義深いと考える.