抄録
【緒言】
高齢患者の在宅復帰には,移動能力やトイレ動作の自立,早期介入,家族を含めたチームアプローチ等が重要といわれている。そのなかでもとくにトイレ動作の自立は在宅復帰に重要とされている。しかし,臨床ではトイレ動作が自立できていなくても,時代背景をふまえた環境や地域の特性などの要因(構造)が反映し、患者の在宅復帰を可能にするときがある。そのため各現場の理学療法士は在宅復帰を促す要因(構造)を絶えず検討しなければならないといえる。そこで,今回,あえて当院でトイレ動作が自立できていない患者を対象に在宅復帰を促す要因(構造)を検討することにした。
本研究の目的は,トイレ動作が自立できていない「在宅復帰困難患者」と「在宅患者」の機能的自立度評価表(Functional Independence Measure:以下,FIMとする)と在宅介護スコアを比較し,そこから在宅復帰を促す要因(構造)を検討することである。
【対象と方法】
対象者は,FIMのトイレ動作が5点以下(トイレ動作が自立できていない)の回復期病棟の在宅復帰困難患者(以下,施設群とする)22名と,訪問リハビリを利用し在宅で生活をしている在宅患者(以下,在宅群とする)26名とした。
これら対象者の属性やFIM、在宅介護スコアを調査・評価し,それぞれの項目を比較検討した。在宅介護スコアは,介護負担9項目と介護力7項目からなり、0~21点の合計点で評価される。そして通常11点以上であれば在宅介護の可能性が高いと判定される。
統計学的検定には必要に応じてt検定,マン・ホイットニーのU検定,X²乗検定を用い,有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】
本研究では,研究の主旨を患者に口頭にて説明し同意を得た。
【結果】
本研究の結果,対象者の属性は,施設群は男性6名,女性16名,平均年齢84.6±9.9歳,在宅群は男性11名,女性15名,平均年齢75.1±11.6歳であった。施設群と在宅群の平均年齢では,在宅群が有意に低くかった(P<0.01)。
FIMでは,運動項目合計の平均値は施設群35.1±17.0,在宅群36.0±18.7と有意差は認められなかったものの,認知項目合計の平均値では施設群18.7±7.6,在宅群25.7±8.6と在宅群が有意に高かった(P<0.01)。
在宅介護スコアの平均値では,施設群8.9±1.8,在宅群13.3±2.8と在宅群が有意に高く(P<0.01),介護力の合計平均値も施設群4.5±2.1,在宅群7.8±2.0,と在宅群が高かった(P<0.01)。さらに介護力の各項目をみてみると,「介護者の専任」,「公的年金以外の収入」,「介護者の介護意欲」の3つの項目で在宅復帰との間に関連性が認められ,在宅群の方が有意に多かった(P<0.01)。
【考察】
本研究の結果からは,在宅群は施設群に比べ年齢が低く,認知機能,在宅介護能力が高いことが示唆された。つまり,これはトイレ動作が自立できていなくても,あるいは運動能力が低くても,認知機能や介護力が高ければ在宅復帰が可能になるということを意味していると考えられた。さらに在宅群の年齢が低いこと,認知機能が高いこと,介護力が高いことの間には,相関関係があると推察できることから,これら3つの要因は、お互いに関係し合いながら在宅復帰を促す構造を形成しているものと考えられる。そして,その構造が運動能力よりも認知機能や介護力に依存しているのは,3世帯の同居率が比較的高く、高齢者の独居率が低い滋賀県の現状や地域性を反映しているためと思われよう。
以上のことから,滋賀県においてトイレ動作が自立できていない高齢患者に対して在宅復帰を促すには,運動能力を高めるというアプローチだけではなく,認知機能を高める理学療法や工夫,介護力を高める家族教育や介護制度の活用など,認知機能や介護力を視野にいれたアプローチが重要になってくると考えられた。今後は,症例ごとにアプローチを具体化し,その効果を検証していくことが課題になってくると考えられる。
【理学療法研究としての意義】
本研究では、滋賀県におけるトイレ動作が自立できていない高齢患者の在宅復帰を促す要因(構造)の一端を明らかにした。本研究は在宅復帰が困難とされる高齢患者が多くなる現状で、在宅復帰を促す要因(構造)の一端を明らかにしたという意味で意義あるものと考えられる。