抄録
【目的】
トイレ内での方向転換など家屋中で方向転換を行う場合、狭い限られた空間で回転動作を行うことが求められ、施設入所高齢者においては、このような方向転換動作で転倒することが多くみられる。施設入所高齢者の転倒と移動動作との関連については直線歩行やTimed Up & Go test(以下:TUG)を調べた報告はよくみられるが、立位での方向転換動作との関連について調べた研究は少ない。そこで本研究では、立位回転動作を含めて移動動作能力を評価し、施設入所高齢者の転倒と移動動作能力との関連について明らかにすることを目的とした。
【方法】
対象は養護老人ホームに入所している高齢者25名(男性3名、女性22名、平均年齢84.0±6.9歳)とした。測定に大きな影響を及ぼすほど重度の神経学的・筋骨格系障害や認知障害を有する者は対象から除外した。
移動動作能力の評価として、5m歩行、TUG、立ち座り時間、円周上歩行、立位回転を評価した。5m歩行は5mの歩行路をできるだけ速く歩いたときの所要時間および歩数を測定した。TUG は椅子から立ち上がって3m歩いて方向転換して戻り、再び椅子に座るまでの動作をできるだけ速く行わせたときの所要時間を計測した。立ち座り時間は椅子からの立ち座り動作を5回できるだけ速く行わせたときの所要時間を測定した。円周上歩行は直径1mの円周の周囲を1周できるだけ速く歩いたときの所要時間および歩数を計測した。立位回転は開脚立位を開始肢位とし、できるだけ速くその場で360度回転動作を行わせたときの所要時間、歩数、変位距離および変位角度を測定した。なお、変位距離として両脚足部内側中央を結んだ線の中点の開始位置と終了位置の距離、変位角度として開始姿勢と終了姿勢における両脚足部内側中央を結んだ線がなす角度を測定した。また、円周上歩行および立位回転は右周りと左周りそれぞれ1回ずつ施行し、その左右平均値をデータとして用いた。
対象者を過去1年間の転倒経験の有無によって転倒群および非転倒群に分類し、2群における5m歩行時間および歩数、TUG、立ち座り時間、円周上歩行時間および歩数、立位回転の時間、歩数、変位距離、変位角度を対応のないt検定により比較した。
【説明と同意】
すべての対象者に本研究の目的を説明し、同意を得た。
【結果】
非転倒群は13名、転倒群は12名であり、2群間の年齢、身長、体重に有意差は認められなかった。
各項目の平均は非転倒群、転倒群でそれぞれ5m歩行時間が5.2±2.2秒、5.7±2.5秒、5m歩行歩数が11.2±4.1歩、11.4±2.8歩、TUGが10.8±4.5秒、11.0±3.7秒、立ち座り時間が10.4±2.8秒、11.0±4.9秒、円周上歩行時間が6.9±3.4秒、7.6±3.5秒、円周上歩行歩数が14.5±6.3歩、15.7±5.6歩、立位回転時間が4.3±2.2秒、3.2±1.1秒、立位回転歩数が10.2±3.7歩、8.3±3.6歩、立位回転変位距離が8.2±6.3cm、16.9±13.5cm、立位回転変位角度が8.8±5.1°、14.4±13.5°であった。
非転倒群および転倒群における各項目を比較すると、立位回転の変位距離においてのみ有意差を認め、非転倒群と比較して転倒群においては有意に変位距離が大きかった(p<0.05)。5m歩行時間および歩数、TUG、立ち座り時間、円周上歩行時間および歩数、立位回転の時間、歩数、変位角度では2群間に有意差を認めなかった。
【考察】
本研究の結果、転倒群では立位回転動作前後での位置のずれが大きいことが示された。このことから転倒群においては立位姿勢制御能力の低下により限られたスペースで回転動作を行うことが困難であることや、立位回転動作を行う際に徐々にバランスを崩し、大きく開始位置から離れてしまうことが推測された。一方、5m歩行やTUGあるいは円周上歩行には非転倒群と転倒群との間に有意差が認められなかったことから、直線歩行や比較的広いスペースでの方向転換動作よりも、その場での回転動作能力が転倒と関連していることが示唆された。さらに、立位回転動作における所要時間には有意差がみられなかったことから、回転動作を速く行えるかどうかよりも、回転時の中心変位距離すなわち、より限られたスペースで回転できるかどうかが転倒と関連していることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
立位回転動作における変位距離の評価は、施設入所高齢者の転倒予測のためのスクリーニングとして有効であることが示唆された。また施設入所高齢者の転倒を予防するためにも、このような立位回転動作に着目してアプローチすることが重要であると考えられた。