抄録
【目的】
運動イメージは、随意運動が困難な患者に対して身体的負荷を増加することなく、中枢レベルでの運動を反復できる有効な治療手段の一つとして考えられ、身体活動の制限がある時や運動が禁忌な場合においても、運動イメージにより運動機能の改善を図ることができると考えられている。我々は、健常者を対象にピンチメータを把持しながら母指対立筋の最大努力の50%強度における等尺性収縮を学習させ、次に、センサーを軽く把持しながら50%収縮をイメージすると脊髄神経機能の興奮性が増大すると報告した。
本研究では、イメージする収縮強度の違いによる脊髄神経機能の興奮性変化を検討した。
【方法】
対象は、健常者25名(男性13名、女性12名)、平均年齢24.7歳とした。方法は以下のように行った。まず、被験者を背臥位とし、左側正中神経刺激によるF波を左母指球筋より導出した(安静試行)。この時、上下肢は解剖学的基本肢位で左右対称とし、開眼でピンチメータのピンチ力表示部を注視させた。F波刺激条件は、刺激頻度0.5Hz、刺激持続時間0.2ms、刺激強度はM波最大上刺激、刺激回数は30回とした。次に左側母指と示指による対立運動でピンチメータのセンサーを1分間持続して把持できる最大のピンチ力を測定し、その10%のピンチ力で対立運動を練習させた。その後、ピンチメータのセンサーを軽く把持しながら10%収縮イメージした状態(10%運動イメージ試行)で左母指球筋よりF波を測定した。この時安静試行同様に開眼でピンチ力表示部を注視させ、験者はピンチ力が発揮されていないことを確認した。さらに運動イメージ試行直後、5分後、10分後、15分後においても同様にF波を測定した。またイメージによる疲労を考慮し、50%収縮での運動イメージ課題(50%運動イメージ試行)におけるF波測定を違う日に行った。F波分析項目は、出現頻度、振幅F/M比、立ち上がり潜時とした。
本研究における検討は、第1に10%、50%個々の条件においての運動イメージの効果について行った。第2に運動イメージ試行、運動イメージ直後、5分後、10分後、15分後それぞれのF波出現頻度、振幅F/M比について安静試行を1とした相対値を求め、10%と50%条件の運動イメージ試行同士というように10%、50%条件の対応する2つの試行間の比較を行った。
【説明と同意】
被検者に本研究の意義、目的を十分に説明し、同意を得た上で実施した。
【結果】
10%、50%個々の条件においての運動イメージの効果検討では、F波出現頻度は、10%運動イメージ試行、50%運動イメージ試行共に安静試行と比較して有意な増加を認めた(Turkey;p<0.05)。振幅F/M比は、10%運動イメージ試行、50%運動イメージ試行共に安静試行と比較して有意な増加を認めた(10%運動イメージ試行 Turkey;p<0.05、50%運動イメージ試行 Turkey;p<0.01)。また運動イメージ直後、F波出現頻度、振幅F/M比は、10%・50%条件共に安静試行とほぼ同じレベルに戻り、そのレベルは5分後、10分後、15分後においても安静試行と比較して有意差を認めなかった。立ち上がり潜時は各試行での差異は認めなかった。
10%収縮運動イメージと50%収縮運動イメージの効果検討では、安静試行に対する50%運動イメージ試行の振幅F/M比相対値が、10%条件と比較して有意に大きかった(paired t-test;p<0.05)。運動イメージ後の試行間では有意差は認めなかった。
【考察】
F波出現頻度、振幅F/M比は、脊髄神経機能の興奮性を表す指標とされている。10%・50%条件共に運動イメージ試行におけるF波出現頻度と振幅F/M比が、安静試行と比較して有意に増加した。これは母指と示指の対立運動の運動イメージにより、大脳皮質から脊髄への下行性線維の影響で母指球筋に対応する脊髄神経機能の興奮性が増加することを示唆している。10%・50%条件共に運動イメージ直後のF波出現頻度、振幅F/M比は、安静試行とほぼ同じレベルに戻り、5分後、10分後、15分後においても安静試行と比較して大きな差異は認めなかった。これより、運動イメージによる脊髄神経機能の興奮性増大の効果は、運動イメージ中のみであることが示唆された。
10%収縮運動イメージと50%収縮運動イメージの効果検討では、安静試行に対する50%運動イメージ試行の振幅F/M比相対値が、10%条件と比較して有意に大きかった。これよりイメージする収縮強度が強いほど、脊髄神経機能の興奮性が増大することが示唆された。
【理学療法研究としての意義】
本研究より、運動イメージは脊髄神経機能の興奮性を増大させ、更にイメージする収縮強度が強いほどその効果は大きいことが示唆された。臨床上、ただ動作を行うのではなく、目的とする動作をイメージしながら行うことが重要であることがわかった。運動イメージ後は影響がみられないことから、今後より最適な収縮イメージ強度を検討していく必要がある。