抄録
【目的】
関節可動域の改善を目的とした理学療法は,整形外科疾患・中枢神経疾患を問わず日常的に実施されている.関節可動域の制限因子として筋の問題は,比較的多く遭遇する.この問題に関して,安全で効果的な方法としてストレッチは良く知られており,理学療法における基本的な手技として良く用いられている.ストレッチは,自他動的に伸びるあるいは伸ばす行為によって柔軟性(筋の弛緩と関節の可動域増加)と体性感覚的・精神的リラクセーションを得ることを目的とすると報告されている.しかし,術後早期の場合は,防御収縮が生じわずかな伸張運動によっても防御的反応が起こるケースがある.あるいは,脳卒中による意識障害がある場合は意識しない機械的外傷を受けやすく,さらに四肢の痙縮により伸張運動で屈曲反射が生じ十分な伸張位を得られない場合があることは報告されており,日常の臨床においても経験する.演者らは,健常成人においてハムストリングスの停止腱付近を把持し骨の長軸に沿って坐骨結節方向に伸張を加えつつ,さらに内外側に伸張ストレスを加える方法(以下:筋腱移行部伸張法)を実施することで股関節屈曲可動域(Strait leg raising:以下SLR)が改善することを報告した.そして今回,臨床応用として慢性期の脳卒中片麻痺患者に対して従来のハムストリングスに対するストレッチと筋腱移行部伸張による伸張性の改善効果について検討したので報告する.
【方法】
Y病院通所リハビリテーションを利用中の脳卒中片麻痺患者12名(男性5名,女性7名,年齢:68.3±7.0歳,病歴:3.3±2.1年,BRST:_I_1名,_II_4名,_III_4名,_IV_1名,_V_,2名)を対象とした.なお,研究を実施するにあたり病態の不安定な者や疼痛などの自覚症状を有するものは除外した.
被験者の開始姿勢は治療台上の背臥位とした.次にゴニオメーターを用い麻痺側のSLRの角度を計測した.SLRの計測は片麻痺患者が対象者であったことから他動運動により関節可動域を計測した.その後,麻痺側のハムストリングスに対し1分間のストッレチ,または1分間の筋腱移行部伸張法を実施した.伸張法の終了後,再度ゴニオメーターを用いて麻痺側のSLRの角度を計測した.さらに,施行前SLRの角度を基に伸張後の値を正規化し改善率を比較した.なお,この2種類の伸張法はランダムに実施し各伸張法間の実施間隔は1週間以上あけて実施した.
分析は,施行前の関節可動域の比較,ストレッチと筋腱移行部伸張法の改善率の検討は独立2群におけるt検定を用い,各群の施行前と施行後の改善効果の検討は対応のあるt検定を用い有意水準を5%未満として実施した.
【説明と同意】
本研究に関し,趣旨および危険性について文章および口頭にて十分な説明を行ない同意の得たものを対象とした.
【結果】
ストレッチ施行前のSLRは52.5±6.2°であり,筋腱移行部伸張法実施前のSLRは54.6±7.2°であり有意差を認めなかった.ストレッチ後のSLRは60.4±5.0°であり,筋腱移行部伸張法後は65.8±6.7°であり両群において施行前に比べ有意な改善を認めた(p<0.05).さらに,施行前を基に改善率を比較した結果,ストレッチ後の改善効率は15.6±6.1%であり,筋腱移行部伸張法後の改善率は21.2±7.7%であり筋腱移行部伸張法がストレッチに比べ有意な向上を認めた(p<0.05).
【考察】
SLRはストレッチ後および筋腱移行部伸張法後において施行前に比べ有意な改善を認めた.さらに,SLRの改善率の比較では筋腱移行部伸張法がストレッチに比べ有意な改善を認めた.
ストレッチは_I_b抑制を利用した方法で筋の伸張性改善に有効である事は一般的に知られており本研究においても有意な改善が得られた.筋腱移行部伸張法においも施行前と比較し有意な改善を認めたことから脳卒中片麻痺患者の伸張性改善に有効である事が示唆された.また,筋腱移行部伸張法がストレッチに比べ有効であったのは,軽度屈曲位で実施する筋腱移行部伸張法の方が筋紡錘への刺激が減少したことにより痙縮や防御性収縮を抑制し効果的にゴルジ腱器官を刺激できた可能性が考えられる.さらに,筋腱移行部を把持して行なったことから大腿筋膜全体を伸張させる事ができた可能性や,半膜様筋角などを介して下肢の筋膜の弛緩に影響を及ぼした可能性が考えられる.さらに,膝関節軽度屈曲位で実施する事から従来のストレッチよりも筋断裂等のリスクも低いと考える.
【理学療法研究としての意義】
理学療法領域において柔軟性の改善に関してストレッチは一般的に用いられる手技であるが,ストレッチの方法や効果は確立されておらず治療効果を向上させる為に更なる検討が必要であると考えられる.