抄録
【はじめに】
膝前十字靱帯(以下、ACL)再建術後の筋力や重心動揺性についての研究は数多くあり、一般的に競技復帰の時期は6~12カ月とされている。当院のクリニカルパスでも術後6カ月で競技復帰としているが、筋力や重心動揺性の回復状況には個人差が強く、十分に回復していないケースも多々見受けられる。我々は第23回大阪府理学療法士学術大会において、接触型受傷者に比べ非接触型受傷者の6カ月膝屈曲筋力の回復が遅延すると報告したが、非接触型受傷者に女性の割合が多かったため、今回性別の違いに着目して、術後6カ月での筋力・重心動揺性の回復状況について後方視的に調査・比較したのでここに報告する。
【方法】
対象は、2009年9月~2010年12月までの間に当院にて半腱様筋腱と薄筋腱を用いた2重束ACL再建術を施行した25例25膝(平均年齢28.9歳)とした。そのうち男性11例(平均年齢29.3歳)と女性14例(平均年齢29.2歳)の2群とした。調査項目は術後6カ月での膝伸展筋力と膝屈曲筋力の健患側比、重心動揺性とした。筋力測定にはHand Held Dynamometer(以下、HHD)を用いて先行文献で良好な再現性が得られているベルト固定法を用いて3回測定し、その中の最大値を筋力として採用した。重心動揺性は、アニマ社製の(GRAVICORDER G-620)解析システムを使用し、閉眼片脚立位で10秒間測定し、動揺の大きさとして外周面積、姿勢制御の微細さとして単位面積軌跡長を採用した。
【説明と同意】
ヘルシンキ宣言に基づき、各対象者には本研究の施行ならびに目的を詳細に説明し、研究への参加に対する同意を得た。
【結果】
膝伸展筋力の健患側比は男性0.84±0.2、女性0.87±0.15で有意差は認めなかった。膝屈曲筋力の健患側比は男性0.94±0.28、女性0.72±0.11で有意差を認めた(p<0.03)。
重心動揺性は、男女比較では外周面積、単位面積軌跡長ともに有意な差を認めなかった。また、男女別の健患比較でも外周面積、単位面積軌跡長ともに有意な差を認めなかった。
【考察】
ACL再建術後筋力回復に影響する因子として、性別1)、術前の筋力や競技レベル2)などが報告されているが、今回当院の術後6カ月の結果でも先行文献と同じく、男性群は健患比90%以上に回復していたのに対して、女性群は72%の回復しかしておらず、有意差を認めた。当院では術後2-3週間部分荷重の状態で自宅退院し外来理学療法(以下、外来PT)に移行しているが、急性期総合病院であるため外来PTは整形外科の診察日(午前中)に限定され、学生や社会人の症例は多くても週に1度のペースでしか外来PTが行えていない現状がある。このため、トレーニング方法や運動負荷量を指導し、学生であれば校内のトレーニング室、社会人であれば仕事後にジムなどの利用を勧めてはいるが、本人の競技復帰に対するモチベーションや行っている競技レベル、社会的背景(職業、学生、家庭環境など)などによって運動習慣に差が生じ、結果的に筋力回復に影響していると考えられる。今回の研究では性別のみに着目したため、競技レベル・運動習慣・外来PT頻度は調査できなかったので今後の課題としたい。
次にACL損傷は膝の生体力学的機能の破綻と同時に、関節固有感覚の破綻を生じ3)、再建術によって障害された関節固有感覚は改善するが健側と同程度に回復するかは明らかでない4)とされているが、性別に着目した回復状況の報告は少ない。今回、我々は関節固有感覚の評価法として閉眼片脚立位の重心動揺性を用いたが、術後6カ月の重心動揺性は健側と同様に回復し、また性別による差を認めなかった。つまり、関節固有感覚の回復には性別が影響しないこと、女性群は膝屈曲筋力の回復が遅延していたにも関わらず重心動揺性が回復していることから筋力の回復にも影響しないことが示唆された。
【理学療法研究としての意義】
ACL再建術後女性の重心動揺性は健側に比べて回復を認めていたが、膝屈曲筋力回復が遅延していた。このことは理学療法プログラムや外来PTの頻度・期間などを考える上で重要と思われ、理学療法研究として意義があるものと考えられる。
【参考文献】
1)牧本伸子ら:膝前十字靱帯再建術後の筋力回復に性差が及ぼす影響.北海道整形災害外科学会雑誌43(1):80,2001.
2)堤康二郎:膝屈筋腱を用いた前十字靱帯再建術後の膝伸展筋力の回復について.整形外科と災害外科51(2):287-290,2002.
3)平松由美子ら:前十字靱帯再建膝における重心動揺性の評価.中国四国整形外科会誌21(1):1-5,2009.
4)前十字靱帯損傷診療ガイドライン.南江堂.98,2007.