抄録
【目的】 痛み経験による不安が動作や行動を回避させるFear Avoidance Modelは急性腰痛の回復過程や職業復帰に影響を及ぼし、状態を慢性化かつ重度化することが知られている。評価方法として自己記入式の質問票Fear Avoidance Beliefs Questionnaire(以下FABQ)が用いられ、身体活動に関連するFABQ physical activity(以下FABQpa)と仕事に関連するFABQ work(以下FABQw)に分類することができる。Fritz(2002)らは急性腰痛患者の29%は4週後も仕事に制限を抱えており、FABQの内、FABQwが34点以上でその確立が高いことを報告している。 また、Flynn(2002)らは臨床予測基準としてモビライゼーション/マニュピレーションの効果が得られやすい腰痛症状・所見の一つにFABQwが19点未満であることを挙げている。以上のことは予後予測や治療方針の決定におけるFABQの重要性を示唆していると考えられる。George(2003)らは不安-回避思考が強い患者ほど腰痛教育や段階的運動を行なう治療が有効であり、不安-回避思考が低い患者には徒手療法や安定性運動などの治療が有効であったと報告している。今回、不安-回避思考が強く、痛みが長期化する可能性があると思われた重度の腰痛患者一症例に対し、Fear Avoidance Modelを考慮した理学療法を行い、有効な結果が得られた症例について報告する。
【方法】 対象は43歳女性。約20年前より交通事故後に腰痛を自覚。2008年10月、腰痛増悪し腰椎椎間板ヘルニア(L4/5、L5/S1)と診断され休職を繰り返していた。2010年4月27日、仕事中に腹囲計測のため体幹前屈した際に腰痛増悪、右下肢痛出現し体動困難となり即日入院となる。入院時MRI所見ではL5/S1間の椎間板の右後方への突出が認められ、右下肢筋力はMMT2レベル、右大腿外側から母趾にかけて感覚鈍麻が認められた。入院後、安静加療・ブロック注射などの治療を受けるが効果なく、同年5月7日より理学療法開始となった。治療として、機能解剖・痛み・自己管理などの教育、段階的な運動、安定性運動、ストレッチを行った。また、担当療法士以外の代診時には患者の混乱を避けるため心理状態・治療の方向性や質問への応対などをより詳細に申し送った。退院についての説明の際には患者・主治医・理学療法士が同席のもと実施した。効果判定は、FABQ(FABQw、FABQpa)、Modified Oswestry Disability Index (以下mODI)、McGill Pain Questionnaire(以下MPQ)、Numerical Rating Scale(以下NRS)、右下肢SLR角度(以下SLR)、最大歩行距離を用いた。
【説明と同意】 本研究に対して対象者に十分な説明を行い、本発表に同意を得た。
【結果】 発症9日後に理学療法を開始した。開始時、FABQ74点(FABQw36点、FABQpa17点)、mODI44点、MPQ22項目、NRS腰10下肢10、SLR20°、歩行不可。治療4週目、FABQ52点(FABQw34点、FABQpa3点)、mODI38点、MPQ16項目、NRS腰9下肢9、SLR60°、最大歩行距離100mであり院内歩行自立まで改善。治療6週目、FABQ57点(FABQw35点、FABQpa3点)、mODI21点、MPQ5項目、NRS腰6下肢5 、SLR60°、最大歩行距離5kmであり1時間歩行可能となり退院に至った。治療9週目、職場復帰。治療16週目、FABQ33点(FABQw17点、FABQpa5点)、mODI12点、MPQ10項目、NRS腰2下肢0、SLR70°、ショッピングや通勤歩行可能。治療19週目、自己にて疼痛コントロールが可能になり理学療法終了した。
【考察】 本症例は,一般に改善が容易でない椎間板ヘルニアによる慢性腰痛を訴えていた。治療開始時にあらゆる動作において痛みの訴えが強くFABQwが36点であった。このことは身体機能以上に不安・回避思考が職場復帰など仕事への制限に影響を及ぼす事が予測された。従って、能動的な動作獲得が重要であると考え、身体的要因に対する治療としての安定性運動やストレッチに加え、教育・段階的運動による治療を含めた複合的アプローチをおこなった。特に、段階的運動の処方では詳細な短期目標の設定による達成感から行動の改善を自覚させることを目標に行った。その結果、mODI、FABQpaの改善に至り、日常生活・仕事などの行動によりFABQwの改善に有効であったと考えた。
【理学療法研究としての意義】 今回、重度化した腰痛患者一症例に対して、Fear Avoidance Modelを考慮した腰痛教育・段階的運動に身体的な理学療法を併用した複合的なアプローチが有用であることを報告した。今後は、重度化する前の段階から腰痛患者に理学療法士が関わることがFear Avoidance Modelへ患者を陥らせないために必要であると考える。