吉行淳之介『夕暮まで』は、個々の登場人物の人間性を描こうとした作品ではなく、人間の関係だけを純粋に取り上げて描き出そうとした作品である。より具体的には、この作品は、男女の関係の構造を、男女の恋愛の構造を、人間を描くことを捨象して、ただ恋愛関係の構造だけを取り出して描き出した作品である。この作品を構成している7つの章はそれぞれ男女の恋愛の構造を表す似たようで違う図面であり、7つの章すなわち7枚の図面を重ね合わせることによって男女の恋愛の単純でありながら同時に複雑でもある構造が浮かび上がってくる仕掛けになっている。そうして浮かび上がった恋愛の構造は、荒涼とした索漠たるものであり、その意味でこの作品はもはや恋愛小説とは呼べず、反・恋愛小説と呼ぶしかない。