本稿では、まず看護ケアにとって「家庭」がもつ固有の意味を確認したうえで、これまで家族が担ってきたプライベートなケアという役割を、看護師が家庭のなかで果たすことから生じる、訪問看護における様々な混乱について論じる。それをふまえて、こうした「混乱」を最小限にとどめ、理想的なケア実践を行うために、訪問看護師は「自律の尊重」を提唱し、患者の前では「お客(guest)に徹するべき」という規範を自らに課していることを明らかにする。さらに、この「自律の尊重」が、施設内看護の場面以上に複雑な様相を呈し、訪問看護師が患者の決定に「寄り添う」か、専門職としての権威を示すかという倫理的選択に向き合わざるを得ない場面について論じていく。そこから浮かび上がってくるのは、訪問看護とは、患者と看護師がそれぞれ「主(host)」と「客」を演じあうという独特のパワーバランスの上になりたつケア実践であり、そのことが在宅ケア特有のモラルジレンマをカモフラージュするための「戦略」となっているということである。