抄録
含水鉱物は地球深部において水を保持する役割を担っているため、その物性を予測することは、地球内部での水のふるまいを理解する上で非常に重要である。このような地下深部の温度圧力条件における鉱物の物性を推定する手法として、分子動力学(molecular dynamics; MD)シミュレーションがある。本研究においては、主要マントル鉱物であるフォルステライトと、それに水が入った構造をもつヒューマイト族および蛇紋石族の鉱物の弾性特性(体積弾性率、剛性率、地震波速度、ポアソン比など)をMD法により計算することにより、鉱物の物性に及ぼす水の影響を明らかにすることを目的とする。現在まで、地震波トモグラフィーによって、地下深部における地震波速度やポアソン比の分布が得られてきた。MD計算による含水鉱物の弾性特性値を基礎データとして用いれば、このような地球物理学的データを実際の物質と結びつけて理解することができ、ひいては地下深部における水フローの解明につながると期待できる。 含水鉱物のMDシミュレーションを行うためには、新たな原子間相互作用モデルが必要となる。この問題を解決するために、本研究においては珪酸塩鉱物に関する汎用的なMiyake(1998)のモデルに、水素原子とOH基の共有結合に対するポテンシャルパラメーターを追加することで新たなパラメーターセットを作成した。このパラメーターは、ヒューマイト族の鉱物の構造および静水圧下における格子定数の圧力依存性を精度よく再現する。 ヒューマイト族の鉱物は、オリビンMg2SiO4の構造中にブルーサイトMgOHの層がはさまれた構造をとるため、OH基が入ることによる効果を考察するのに適している。そこで新たに得られたパラメーターセットを用いてヒューマイト族の鉱物chondrodite, MgOH·2Mg2SiO4 およびclinohumite, MgOH·4Mg2SiO4のMDシミュレーションを行い、単結晶に関する弾性パラメーターを計算した。フォルステライトと比較した結果、OHが多く含まれている鉱物ほど弾性定数が小さくなることが示された。このときの弾性定数の変化は、フォルステライトのb軸方向でもっとも顕著であった。さらに単結晶についてMD計算して得られた弾性定数を用いて、結晶があらゆる方向を向いた等方体であると仮定したときの多結晶体の地震波速度を導出した。これにより多結晶体に関しても、水が多く含まれる鉱物ほど地震波速度が遅くなり、ポアソン比が高くなることが確認された。また、さらに含水量が大きい蛇紋石族の鉱物であるlizardite Mg3Si2O5(OH)4は、ヒューマイト族の鉱物よりも地震波速度を下げる効果が大きいことが明らかになった。