朝鮮語研究
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現代朝鮮語‘번지다’の多義分析
―「意味ネットワーク」のモデルに基づいて―
立川 真理恵
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2022 年 9 巻 p. 137-173

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抄録

 本稿では、〈液体の広がり〉等の意味を持つ ‘번지다’ の多義構造の分析に先立って、まず第二章で認知言語学における多義語関連の諸研究の成果と問題点について整理した。次に、第三章ではコーパスの実例と瀬戸(2007:40-43)の「意味ネットワーク」のモデルを用いて分析を行った。その結果、以下のようなことが明らかになった。
 第一に、コーパスで収集した ‘번지다’ の主語を基に分類を行った結果、〈液体の広がり〉〈色や輪郭のにじみ〉〈光や影のにじみ〉〈火の燃え広がり〉〈病原の転移・感染症の蔓延など〉〈噂話・言い伝えなどの伝播〉〈音や香り、気配などの空間的な広がり〉〈感情や問題・風潮などの社会的拡大〉〈ある問題・風潮などの拡大に伴う新たな問題・風潮の発生〉という九つの意味分類が認められた。
 第二に、 ‘번지다’ の意味は〈液体〉が広がった結果生じる視覚効果、及び〈液体〉の〈広がり〉という要素を起点として拡張していくということを示した。このうち、「視覚効果に焦点を置いた派生」では、「〈液体の広がり〉の結果〈色や輪郭のにじみ〉が生じる」という「原因と結果」のメトニミーによって ‘잉크가 번지다’ や ‘마스카라가 번지다’ のような表現が可能になり、この意味は更にメタファー拡張によって〈光や影のにじみ〉の意味と結びついている。また、「連続的な広がりに焦点を置いた派生」では、別義⑧から⑨の意味拡張にメタファーとメトニミーという複数の異なる認知能力が関わっているという点を指摘した。
 第三に、瀬戸 (2007) の「意味ネットワーク」のモデルを参考にして ‘번지다’ の多義構造を検討した。その結果、基本義である〈液体の広がり〉(①) を起点として、メタファー及びメトニミーの認知基盤を通して他の意味 (②から⑨) へ拡張していくという相互関係のネットワークを描くことができた。
 本稿で用いた「意味ネットワーク」をはじめとする多義構造のモデルは、辞書の編纂や通訳・翻訳の質向上など、多様な場面において有益な内容を提供してくれることが期待される。今後は更に分析対象を広げ、現代朝鮮語の多義語における意味形成のプロセスについて考察を深めていく。

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