抄録
【はじめに】
近年、従来の腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋などのグローバル筋群へのアプローチに加えて、ローカル筋群に注目した脊椎の分節的安定性のためのアプローチが注目されている。取り分け、ローカル筋群に分類される腹横筋は、他の体幹筋とは独立して制御され、脊椎の安定性に重要な役割を果たすことが指摘されている。また、ローカル筋群の評価、エクササイズのために圧バイオフィードバック装置が考案、使用されている。しかし、腹横筋の継続的なエクササイズが体幹安定性に及ぼす影響に関する研究報告は少ない。
今回、超音波画像診断装置にて腹横筋の選択的活動を確認し、圧バイオフィードバック装置を使用した継続的エクササイズが、体幹の安定性に及ぼす影響について重心動揺測定から若干の考察を加え報告する。
【対象と方法】
対象は、健常成人男性2名、平均年齢25.5歳、平均身長175.3cm、平均体重71.3kgであった。対象者には研究の主旨と方法に関して説明を十分に行った後、承諾を得て実施した。
測定にはアニマ社製重心動揺計ツイングラビコーダーG-6100を使用した。エクササイズ前(以下EX前)、一定期間のエクササイズ後(以下EX後)に目線の高さで3m前方の一点を注視させて、閉脚立位を測定条件とし、重心移動距離を測定時間30秒、周期50msecで3回の計測を行った。各計測間には3分間の休息をとり、EX前、EX後の平均値をもって個人のデータとした。
EXについて、超音波画像診断装置(ALOKA ProSound SSD-5000)にて腹横筋の選択的な筋活動が得られているかどうか確認した。プローブ(13Hz)の位置は右腸骨稜上部(臍のレベル)で、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋の3層構造を横断的にイメージングし、それぞれの筋腹の幅を計測した。
EX内容は、膝立て背臥位、腹臥位のそれぞれにおいて、腹横筋の選択的な収縮“腹壁引きこみ”を圧バイオフィードバック装置を使用しながら、収縮10秒保持、10秒休息を10回、3セット、1日1回ずつ5日間継続して行った。対象者には腹横筋の正しい収縮、代償について十分に説明し、代償ができるだけ入らないよう注意してEXを行わせた。
【結果】
重心動揺測定において総軌跡長(以下LNG)、前後方向軌跡長(以下XLNG)、左右方向軌跡長(以下YLNG)の平均値をEX前/後の順に示す。(1)LNG:305.3/283.2(2)XLNG:215.6/192.2(3)YLNG:160.5/158.9(以上、単位:mm)。いずれもEX後において減少する傾向を示した。また、対象者の一名については、EX前とEX後の安静時と“腹壁引きこみ”における超音波画像でのサイズ変化の差において、腹横筋のサイズには変化がなかったが、外腹斜筋、内腹斜筋のサイズに減少がみられた。腹横筋:3.4→3.47 内腹斜筋:1.6→0.6 外腹斜筋:0.2→-0.1(以上、単位:mm)。
【考察】
今回、対象数が少なかったため統計学的処理はできないものの、腹横筋の選択的収縮が体幹の安定性に関与する傾向がある結果が得られた。また、超音波画像結果よりEX後において、その他の筋群の代償が減少し、より腹横筋の選択的収縮“腹壁引きこみ”動作スキルの向上がみられた。
腹横筋はその力学的作用から深部筋「コルセット」として理解され、腹腔内圧に関わる重要な筋の一つである。また、腹横筋の様々な体幹運動時におけるフィードフォーワード活動は、脊椎の剛性の産生、腰椎の分節間制御に関わり、胸腰筋膜を介した腰椎安定性に関与する可能性があるといわれており、今回の腹横筋の継続的な選択的活動が体幹の安定化(重心動揺距離の減少)につながった可能性がある。
臨床的に正常と判断される腹横筋の収縮“腹壁引きこみ”は、腰部多裂筋の活動も伴うローカル筋群の同時収縮であるといわれている。腰椎の安定性に関与するとされるローカル筋群は、機能的活動中のどのような場面においても低レベルで持続的に活動する必要があり、腰痛患者においては、その活動遅延や独立制御の欠如など、運動制御の変化がみられ、腰痛治療の観点からもローカル筋群の運動制御障害に対する筋評価およびエクササイズは重要である。
ローカル筋群のリハビリテーションにおいて、その筋群の効果的なエクササイズや定量的な評価は不可欠であり、今後発展していく必要があると考える。
【まとめ】
腹横筋の継続的な選択的収縮が体幹の安定性に関与する傾向がある結果が得られた。今後は対象の数やタイプを増やし、EX種類や期間について検討し、ローカル筋群の体幹安定性に与える影響から、臨床的評価やアプローチについて検討していきたいと考える。