抄録
【目的】
中脳には眼球運動を制御する神経や小脳のフィードバック系を構成し,姿勢保持と運動の円滑化に関する機能をもつ.今回中脳出血により歩行困難であった症例に対し理学療法を施行し,歩行獲得したので報告する.
【症例】
69歳,女性.平成19年1月3日眼瞼下垂が出現し,1月4日意識障害を起こし近隣の病院に緊急入院. 頭部MRIにて中脳に限局した出血を認め,保存治療を施す.同年2月16日にリハビリテーション目的で当院へ転院した.
【評価】
意識は清明で認知.聴覚も含めコミュニケーション上の問題はなかった. 両側眼瞼下垂,眼球運動障害,複視を認め,左眼のみ左右.下方への追視可能.右眼は外転位固定であった.右上下肢の軽度失調,体幹.骨盤の安定性低下があり筋力,筋緊張に左右差は認められなかった。深部感覚軽度鈍麻.ロンベルク徴候陰性,紙面上での立体図の模写不可,Barthel Index(以下BI)60 点,手放し立位保持は何とか可能も左後方への転倒傾向を示し,垂直位での保持は不可,立位を伴った動作や歩行は直進できず,左へのふらつき,障害物を回避できない,位置関係の把握困難なことから,T字杖一部介助であった.
【理学療法】
アプローチは失調症,体幹.骨盤帯の安定筋に対する運動療法に加えて,位置覚鈍麻に加え,両眼からの誤った視覚情報がよりバランスに支障をきたしていると考え,中心線.垂直軸を認識できるよう立位.歩行練習を行った.その際眼帯を使用し,片目のみの視覚情報で,手がかり刺激として壁や机などを探索するよう指示し,より安定した支持基底面の獲得を図った.また歩行中の視覚追跡運動を行なうため,屋外での点字ブロック上を杖でたどっていくことを実施した.
【結果・考察】
治療開始から1週間後静的立位保持が安定.4週間後には平地T字杖近監視. Timed up and go test(以下TUG)右眼のみ21.6秒,左眼のみ17.6秒,両眼21.8秒,Functional Balance Scale(以下FBS)右眼のみ15点,左眼のみ23点,両眼14点,10m歩行時間右眼のみ23秒,左眼のみ21秒,両眼22秒であった.退院時(9週間後)にはBI90点,TUG右眼のみ12.9秒,左眼のみ12.5秒,両眼13.8秒,FBS右眼のみ47点,左眼のみ50点,両眼47点,10m歩行時間右眼のみ14.1秒,左眼のみ13秒,両眼13.6秒と改善傾向がみられた。視覚や固有受容感覚からのフィードバックを意識した練習を実施することで,より複数の知覚システムを協調.統合し,自己身体が環境に対してとる位置関係が確立し,姿勢制御ができたと考える。またADLにおいても動作速度.正確さ.運動学習の能力が高まったと考える.