抄録
【はじめに】
私が勤務する病院は、終末期に近い療養型施設である。患者の大半は、寝たきりで坐位や立位は不可能な状態である。この様な環境の中において、自力排便の能力のある患者は極まれである。その中で、理学療法士として排便の改善を目指した経過を報告する機会を得た。
【対象】
対象の条件は、意思疎通が不可能で、下剤を定期的に服用しているにも関わらず月に平均10~11回浣腸をしている患者で、坐位保持が不可能な患者を選んだ。昭和12年生まれ72歳女性。全盲、聾唖、多発性脳梗塞後遺症、肝硬変、狭心症、精神発達遅滞、可動域は全て正常である。
【方法】
期間は、プログラムを実行した平成20年9月1日から10月31日までと、しなかった平成20年7月1日から8月31日までの2ヶ月の浣腸の回数と、熱発回数を比較した。また開始前後の血圧と下腿の酸素飽和度を測り比較した。理学療法プログラムは、チルトテーブルで70度の角度で立位をとり、15分間腹部マッサージを行って10回試行した。当日に排便があったか調査した。再現性を期する為、午後14時前後に実施した。
【結果】
平成20年浣腸数は9月6回、10月3回。熱発日数は9月無し、10月1回。浣腸数は7月9回、8月9回、熱発日数は7月5日、8月は4日であった。そして、その日の夕食までに便が出たのが3回、夜勤帯に出たのが2回であった。最高血圧は開始前127.1mmHgが、終了時118.7mmHgになり優位に差が認められた。最低血圧は開始前79.6mmHg、が終了時73.6mmHgになり優位に差が認められた。下腿の酸素飽和度は、開始前94.5%が終了時に97.1%になり、優位に差が認められた。
【考察】
結果より、チルトテーブルによる腹部マッサージが、排便能力の向上に繋がり、浣腸の数の減少につながったと考える。この浣腸の解消は、本人のADL向上はもちろん、病院にとってみれば経費の節減であり、看護・介護の現場においては、人的コストの削減といった様に、三者にメリットを生み出した。一概に浣腸の数の減少と自然排便、加えてチルトテーブルの効果として、熱発日数が減少したと断言できないが、少なくとも胃腸を中心とした消化器系は良好になったと考える。チルトテーブルによって立位を取る事により、直腸の角度がほぼ垂直になるという解剖学的肢位に重力の物理的作用が相まって、更に排便の促通を促したと考える。
また、下腿の血流量の増加は、当然下半身への血流量の増加に繋がりひいては、全身血流量の増加は脳への血流量の増加につながると考える。
本人の意思疎通が出来ない為、御家族の諒承の下、それを理学療法士が実践したこの事例において、寝たきり状態の患者であっても、理学療法士の介入によって、排泄の改善が可能であると考える。また、一般的なチルトテーブルが、排便の改善に繋がる効果があるならば、排便障害の患者に多職種によるケアが可能であると考える。
【まとめ】
1.浣腸の数が減少した
2.熱発日数が減少した
3.足指の血流量が増加した