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【目的】
がん患者のリハビリテーション(リハ)は身体機能や日常生活活動(ADL)の向上だけでなく,生活の質(QOL)の改善や精神的苦痛の緩和といった多様なニーズがある。今回,ADLが向上したものの抑うつ症状によってQOLが低下した症例について,考察を交えて報告する。
【症例提示】
60歳台女性。X年7月に他院で多発性骨髄腫と診断され,同年8月化学療法とリハ目的で当院へ入院となった。脊椎や骨盤および大腿骨への多発骨転移と病的骨折を併発していた。入院時は癌性疼痛や全身耐久性の低下により離床困難で,主治医より両下肢完全免荷の指示があり,ADL全般をベッド上臥位で行っていた。
理学療法(PT)評価は,Performance Status(PS)が4,Functional Independence Measure(FIM)が76点,Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS)が18点(不安8点,抑うつ10点),QOL評価として実施したThe European Organization for Research and Treatment of QLQ‐c30(QLQ‐c30)が全般的QOL50点,機能スケールのうち身体面40点,役割面50点だった。主訴は「歩きたい。」だった。
【経過】
入院時の方針は自宅退院であり,目標を「車椅子移動自立」に設定し,プログラムとして筋力増強運動と座位保持練習と車椅子移乗練習を立案した。介入2週後,座位保持時間の確保およびスライディングボードを使用した車椅子移乗が可能となった。介入8週後,座位保持時間の延長に伴い車椅子駆動練習を追加し,車椅子自走が可能となったが病棟ADLに汎化しなかった。抑うつ症状は,PT中に病状や今後の治療方針と生活に対する不安の訴えを繰り返し聴取し,HADSが18点(不安9点,抑うつ9点)だった。把握した不安内容を多職種で共有し,方針を退院後のショートステイの利用と4カ月後からの荷重開始に変更し,主治医から説明された。その後,不安の訴えが軽減したものの歩行困難に対する言動は継続的に聴取された。介入10週後のPT評価は,FIMが98点(減点項目は入浴と移動),PSが3,QLQ‐c30の全般的QOLが66.7点と改善を認めたもののQLQ‐c30の身体面が20点,役割面が33.7点,HADSの抑うつが11点に低下していた。
【考察】
入院時に離床が困難だった多発性骨髄腫の症例は,ADLが向上したものの抑うつ症状増悪とQOL低下をきたした。本症例は介入時のHADSが18点であり,病的骨折に伴う離床困難と活動制限から心理的苦悩を抱えていたと推察される。病的骨折を有する場合はADL向上を図ることで,間接的にQOL向上が期待できる(水澤ら,2014)。しかし,本症例はFIMが76点から98点に向上したが,QLQ‐c30における身体面と役割面のQOLが低下した。身体面のQOL低下は,本症例の「歩きたい。」という主訴を踏まえたADL向上に至らなかったことが一因と推察される。また,役割面のQOLは,HADSも更に低下していることから,今後の方針がショートステイの利用となり,将来の活動や社会参加に制約をきたしたことが要因と考えられる。骨転移による病的骨折を有する患者のPTは,ADL向上と合わせて抑うつの軽減を図ることでQOL向上が期待できる。また,主訴の達成困難が予想される際は,ADLに合わせた役割の創出や社会参加を促す取り組みが重要だろう。
【倫理的配慮,説明と同意】
ヘルシンキ宣言に基づき,症例に本報告の趣旨を説明し同意を得た。