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【はじめに】
重度複合組織損傷である手関節部切断・再接着で他院にて初期治療されたが、経過不良により当センターへ転院加療した結果、比較的良好に改善した症例の治療とその工夫点について報告する。
【症例】
症例は本報告に同意した20歳代男性で受傷前に消防士の内定を得ていた。親類の手伝いで裁断機にて利き手である右手を受傷し、同日他院にて再接着(骨接合、動脈吻合)術を施行した。2日後に伸筋腱群、またその1週後に屈筋腱群等を縫合した。術後は医師が早期から自動・他動運動を行い再接着後6週で一時退院となったため、当センターで拘縮改善目的のセラピィを2か月余り行った。初期評価時は前腕~手指の高度な拘縮手であり、前腕回外70度、回内15度、手関節背屈-5度、掌屈10度で母指・手指の自動可動域は全くなかった。当センターでのセラピィにより前腕回旋可動域制限は改善して手関節および母指・手指の関節性拘縮はほぼ改善したため他院へ戻り、抜釘と屈筋腱等剥離術を施行した。術中所見では殆どの縫合腱が再断裂しており、可及的に小指深指屈筋腱断端を連続があった環指深指屈筋腱に端側縫合した。その後、拘縮改善および機能再建術と術前・後セラピィ目的にて当センターへ転院した。
【治療】
当センター転院時の状態は、母指屈筋・伸筋・外転筋、示指深指屈筋、中指屈筋はなく、正中・尺骨神経低位麻痺による母指内転・対立不能・手指鷲爪変形および知覚障害、屈筋・伸筋腱群の高度な癒着および関節性拘縮が生じており、母指・手指の関節可動域はほぼなかった。そこで目標は患手を非利き手としての消防事務職での就職とし、数回の機能再建術および拘縮解離術を念頭においた術前・後のセラピィを行った。当初は母指の屈筋・伸筋・外転筋・対立筋、示指深指屈筋、中指屈筋の再建術と必要に応じて拘縮解離術を予定していたが、力源となる筋がない事・母指球筋がMMT2~4に回復した事・就職のため時間がなかった事により伸筋腱剥離術、中指深指屈筋の橋渡し腱移植術、屈筋腱剥離術のみ施行した。そこで術前セラピィにおいては手術の効果を最大限に出せる手にすることを目的に関節性拘縮の除去、手術の対象となる筋の強化、手術で切開する部位の軟部組織柔軟化を図った。早期運動療法を含む術後セラピィは、力源となる筋がないため絶対に再断裂させずに拘縮予防を図る事を念頭において行った。
【結果】
前腕回内外は問題なく、手関節背屈30度、掌屈45度、母指は屈筋・伸筋・外転筋がないものの掌側外転40度、内転-10度、TAM30度、手指は鷲爪変形が残存するもTAMは示指195度、中指161度、環指187度、小指196度で、握力18kg、指腹摘み力1.8kg、側腹摘み力1.6kgとなった。目標であった消防事務職は就労期限の問題で叶わなかったが、市役所へ就職した。
【考察】
本症例は転院時、高度な拘縮手であるとともに損傷組織および屈筋腱等の再断裂による多くの機能欠損状態であった。通常、機能欠損に対しては腱移行術とその術前・後のセラピィを施行して再建を図るが、重度複合組織損傷例では力源となる筋が少なく、また本症例では多数腱の再断裂によりその力源が殆どなかった。そのため治療では残存組織での最大限の改善を図るとともに計画的な手術および効果的な術前セラピィと繊細な術後のセラピィを行い、比較的良好な改善を得る事ができたと考えられた。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究の実施に際し,対象者に研究について十分な説明を行い,同意を得た。 製薬企業や医療機器メーカーから研究者へ提供される謝金や研究費、株式、サービス等は一切受けておらず、利益相反に関する開示事項はない。