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【はじめに】
抗NMDA受容体脳炎は,2005年にDalmauらによって最初に確認された.抗NMDA受容体脳炎に関連した先行研究には症状,新生物関連,免疫治療,長期的予後といった神経精神学的な報告は散見されるが,本疾患の病態は未だ不明であり,発症後の運動機能や能力の変化,理学療法に関する報告は極めて少ない.
本症例は腫瘍随伴しない抗NMDA受容体脳炎を呈した症例であり,理学療法介入に伴い経験した特異的な病態や臨床像,治療過程で得られた評価指標などに関して考察を含め報告する.
【症例提示】
20代男性,大学生.主訴:異常行動,不明言動,左顔面・両手のつっぱり,熱発,食欲不振,不眠.
【経過】
不明言動,異常行動,てんかん重積発作,中枢性低換気等の前駆症状を認め緊急入院,人工呼吸器管理となった.
理学療法は第11病日より開始.筋緊張著明に亢進し,鎮静中であるが顔面・四肢にジスキネジア様の不随意運動を認めた.GCS E4,VT,M1.人工呼吸器管理下.ADL全て全介助. 第52病日に抗NMDA受容体脳炎抗体陽性,確定診断.第104病日:呼びかけに対する開眼,追視を認めた.第115病日:従命可能,徐々に筋力訓練を開始.第126病日:人工呼吸器離脱.第130病日:端座位から基本動作訓練開始.第137病日:歩行訓練開始.GCS E4,V4-5,M6.両足関節背屈5°.MMT 3?4.深部覚鈍麻.ロンベルグ徴候陽性.基本動作要介助.ADL介助を要しBarthel index 25点.第150病日:独歩可能.GCS E4,V5,M6.理解良好,表出言語にて可能.ROM制限なし.四肢・体幹MMT5.基本動作・ADL自立.Barthel Index 100点.ロンベルグ徴候陰性となったものの動揺著明であり下肢・体幹回旋.
【結果】
意識レベル改善後,ROM,筋力,バランス等身体機能は徐々に向上を認めた(ROM:両足関節背屈 0°→ 10°,筋力:四肢MMT 3?4 → 5,バランス:ロンベルグ徴候 陽性 → 陰性).協調性はわずかに拙劣さが残るものの,日常生活に問題がない程度まで回復した.深部覚は個別検査上正常であったが,閉眼立位時に著明な下肢・体幹の回旋がみられ,重心動揺検査でも動揺が著明であった(開眼時外周面積:3.42?, 閉眼時外周面積:40.3?, ロンベルグ率:11.8).
【考察】
抗NMDA受容体脳炎は,意識レベル低下を認め人工呼吸器管理下となる重篤な症状を呈するが,長期予後は良好と報告されている.そのため意識レベル改善後,早期離床,早期社会復帰を目指すために,早期からの理学療法介入が必要であり,更に本疾患は多彩な臨床症状を呈するため病期に即した運動療法の実施が必要である.
本症例において運動機能は向上を認めたものの,閉眼時のバランス能力においては著明に障害され,容易な回復を認めなかった.20代前半の健常者の閉眼時の外周面積は2.41?,ロンベルグ率は1.59と報告されている.同年代のデータと比較し,本症例のロンベルグ率は極めて高値であったことから,バランス能力に対する理学療法アプローチをより早期かつ高頻度での介入を実施すべきであったと考える.
【まとめ】
腫瘍随伴しない抗NMDA受容体脳炎患者の閉眼バランス障害のみが著しく残存した症例であった.開眼時のみならず閉眼時バランス機能改善を考慮した積極的な理学療法介入が必要であると考えられる.今回の報告が今後の本疾患に対する理学療法の一助になると考える.
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は,ヘルシンキ宣言の倫理規定に準拠し,個人情報の取り扱いに配慮し,患者の同意を得て実施した.