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【目的】
膝伸展筋力は歩行能力や転倒との関連が数多く報告されている.先行研究の多くは膝伸展筋の最大筋力(Peak Force)を指標としているが,その一方で,膝伸展筋の最大筋力到達時間(Time to Peak Force以下,TPF) は外乱に対する踏み出しや姿勢反射の反応速度を示すとされ,TPFを高めることが転倒予防に有用であるとの報告もある.しかしながら,TPFと転倒や身体能力との関連についての報告は,介護認定を受けていない高齢者(以下,健常高齢者)や脳卒中患者が対象である.介護認定を受けている高齢者の中で特に転倒率が高いのは要支援2であったという報告があるが,障害が比較的軽度で介護度が低い高齢者(以下,軽度障がい高齢者)を対象とした報告は見当たらない.そこで今回,軽度障がい高齢者のTPFと転倒歴,及びTime Up Go Test (以下,TUG)との関連を調査し,軽度高齢障がい者においても膝伸展筋のTPFが転倒予測の指標として有用性があるかについて検証した.
【方法】
対象は当院デイケア利用中の要支援1~要介護3までの23名(男性12名,女性11名,平均年齢85.7±5.0歳)で,歩行が自立(補助具の使用可)しており,下肢に麻痺や運動器疾患などによる明らかな障害を認めず,高度な認知障害(Mini-Mental State Examinationが20点以下)のない者とした.膝伸展筋のTPFの測定肢位は端坐位で膝関節90°屈曲位とし,筋力測定器アイソフォースGT-300と徒手筋力センサーGT-310(OG技研)を用いて,左右の膝伸展筋のTPFを2回ずつ測定し,最速値を採用した.転倒歴については,過去1年間の転倒回数を本人及び家族から聴取した.TUGは最大速度で2回測定し,最速値を採用した.統計学的処理にはSPSS ver.14を用い,対象者のTPFと転倒歴,及びTUGとの関連についてpearsonの相関係数を算出した.有意水準は5%とした.
【結果】
TPFは全ての項目と相関が認められなかった.
【考察】
TPFとTUGとの関連については,健常高齢者と脳卒中患者を比較した報告があり,中枢神経疾患である脳卒中患者は短時間に筋力を十分に発揮する運動出力の低下としてTPFが延長し,TUGの遅延と関連すると考えられている.本研究ではTPFとTUGとの間に関連は認められなかったが,本研究の対象者は下肢に麻痺や運動器疾患などによる著明な障害を有さない者であったことから,著明な運動出力の低下を認めず,TPFがTUGと関連しなかったと思われる.また,健常高齢者を対象とした先行研究においてTPFが転倒と関連することが報告されているが,健常高齢者は本研究で対象とした軽度障がい高齢者と比較して,日常生活における動作速度や外出頻度,行動範囲などが異なることが推測される.健常高齢者は素早い姿勢制御が求められる転倒リスクの高い環境に適応して生活していると思われるが,軽度障がい高齢者は身体能力に応じた行動範囲や環境が設定されていることが多く,転倒リスクの低い比較的限定的な環境で生活していると思われる.そのため,本研究で対象とした軽度障がい高齢者においては,TPFが転倒歴と関連しなかった可能性が考えられる.これらのことから,軽度障がい高齢者の場合,より複合的な要因が転倒発生に関与するため,TPFのみでは転倒リスクを反映しない可能性が示唆された.
【倫理的配慮,説明と同意】
対象者には事前に研究の目的と方法を詳細に説明し,測定参加の同意を得た.なお本研究は,当院の倫理審査委員会の承認を得て実施した.(2015121401番)