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【はじめに】
高齢者の転倒は大腿骨頸部骨折や外傷性頭部損傷等による重大な障害や要介護状態を招くため,近年の高齢化の進展に伴う社会的課題であるとともに,転倒予防は理学療法士にとって重要な役割であるといえる.そのため,これまでにも転倒リスクとバランスの指標であるTimed Up & Go Test(以下TUG)との関連について多くの報告がなされてきた.Hermanらは,TUGは大腿四頭筋の最大筋力(Peak Force:以下PF)と関連があるとしており,またTangらは,瞬発的な動作では最大筋力到達時間(Time to Peak Force:以下TPF)が重要であり,TPFの遅延は外的な刺激(躓き,滑り)に対するステッピング反応の遅延に関連しているとある.しかし,これらの先行研究では健常高齢者の一肢のみの筋力特性を評価している.高齢者は生活暦などから左右非対称な姿勢アライメントを呈することもあり,PFとTPFについても左右両側の特性について検討する必要があると考えられるが,PFとTPFの左右差とTUGの関係について報告は少ない.そこで今回,当院のデイケア利用者を対象に,大腿四頭筋のPF及びTPFの左右差とTUGの関連について調査した.
【方法】
対象は,当院のデイケア利用者53名(男性25名,女性28名,82.2±8.7歳)とした.対象者は,MMSE 20点以上で歩行が自立し,本研究の全検査項目が実施可能な者とした.大腿四頭筋の筋力測定には筋力測定器アイソフォースGT-300と徒手筋力センサーGT-310(OG技研)を使用した.測定肢位は,足底が床面に接しない端座位で膝関節90度屈曲位とした.左右の大腿四頭筋筋力を2回ずつ3秒間計測し,それぞれの最大値をPFとし,PFに到達するまでの所要時間をTPFとして採用した.また,TUGと10m歩行テストは最速で2回ずつ実施し,最速値を採用した.統計学的処理にはSPSS ver.14を用い,TUGとPF(4回の最大値),TPF(4回の最速値),PFの左右差,TPFの左右差,及び10m歩行時間との関連について,Pearsonの相関係数を算出した.有意水準はいずれも5%とした.
【結果】
TUGはPFと関連が認められたが(r=-0.32,p<0.05),PFの左右差と関連は認められなかった.また,TUGとTPF(r=0.29,p<0.05),TUGとTPFの左右差には関連が認められた(r=0.36,p<0.01).さらに,10m歩行時間はPFと関連が認められたが(r=-0.33,p<0.05),TPFと関連は認められなかった.
【考察】
脳卒中患者や健常高齢者を対象とした先行研究において,TUGがPF及びTPFと関連することや,10m歩行時間がPFと関連するとされ,本研究の結果も同様であった.しかし,TUGとPFの左右差には関連が認められなかった.TUG は歩行や方向転換を含めた複合的な動作であり,往路区画,方向転換区画,復路区画に分類されるが,PFについては左右いずれか一肢の最大値がTUGと関連するという一側優位性の報告があり,またPFは10m歩行時間とも関連したことから,往路と復路において一側のPFが優位に働き,PFの左右差がTUGに影響しなかった可能性が考えられた.一方,TUGとTPFの左右差に関連が認められたが,TPFは立位場面でのステッピング反応に関連しており,高齢者は若年者と比較して反応速度が低下し,方向転換区画の曲率半径,総軌跡長が増大することが知られている.また本研究においてTPFと10m歩行時間に関連が認められなかったことから,TPFの左右差が方向転換時の姿勢制御に影響し,TUGの遅延と関連した可能性が考えられた.本研究より,大腿四頭筋のTPFの左右差はTUGと関連する可能性が示唆された.
【倫理的配慮,説明と同意】
対象者には研究の目的と方法を説明し同意を得た.本研究は当院の倫理審査委員会の承認を得て実施した.(2015121401番)