ラテンアメリカ・レポート
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星野妙子 編 『メキシコの21世紀』
星野 妙子
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2019 年 36 巻 1 号 p. 74

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1980年代から90年代にかけて、メキシコでは政治制度改革と新自由主義経済改革が進展した。しかし21世紀最初の20年が過ぎても、改革が目指した民主的な政治と豊かで安定した経済は実現していない。本書はその理由をふたつの視点から明らかにしている。第1の視点は2000年以降のメキシコの政治・社会・経済において注目される様々な事象のなかに理由を探ることで、第1章から第6章がそのような視点からの分析である。取り上げるのは、民主主義の質(第1章)、社会運動の変化(第2章)、深刻化する麻薬組織犯罪と自警団運動の出現(第3章)、都市下層民を巻き込んだインフォーマル・ポリティクス(第4章)、制度改革が不可避となった石油産業(第5章)、自動車産業急成長の雇用への影響(第6章)である。第2の視点は政治・社会・経済の総体としての国のあり方に理由を探ることで、序章と終章がそのような視点からの分析である。

本書は各章を関連づけて理解するために、そして各論と総論を結ぶために、ふたつのしかけを用意している。ひとつはメキシコの政治・社会・経済の基底的条件への着目である。具体的には①一党支配型権威主義体制の遺制、②膨大な規模のインフォーマル就業者、③グローバル化と民主化の過程において進んだ国家の統治能力の低下である。6つの章の分析では、これらの条件のいずれかが、検討する事象の背後につねにあって、その進展に影響を及ぼしていることが明らかにされる。もう一つのしかけが、政治の安定、経済の成長、所得格差という3つ現象の好循環、あるいは悪循環という考え方である。この3つに政治制度改革と新自由主義改革がどう関わるかは、事態の進展如何で好循環が生まれることが考えられる。すなわち、民主化を出発点とすれば、民主主義の定着により政治が安定し、経済改革が投資と貿易を拡大させることで経済が成長し、それが所得格差の改善をもたらし、政治をさらに安定させる、という循環である。総体としての国のあり方を検討する終章では、改革の成果が乏しい理由として、好循環は実現せず、好循環の断絶や悪循環が生じていることが指摘される。そして好循環の断絶や悪循環の発生に基底的条件が深く関わり、そのことは6つの事象の分析からも裏付けられると結論づけている。

メキシコは今、左派政権の誕生と、トランプ政権誕生による30年来の米墨蜜月時代の終焉により、激動のとば口にある。本書の脱稿がメキシコ大統領選挙前であったために、選挙後の状況は本書では触れられていない。しかし本書から、これらの画期的大事件の背景や意義を考え、今後を展望するための手掛かりを得ることができると編者である筆者は考えている。

 
© 2019 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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