ラテンアメリカ・レポート
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現地報告
ロペス・オブラドール政権の治安政策、国家警備隊と軍の関係
北條 真莉紗
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キーワード: メキシコ, 治安, 国家警備隊
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2023 年 39 巻 2 号 p. 57-61

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要約

3度目の大統領選出馬の末、2018年に当選を果たしたメキシコのロペス・オブラドール大統領は、治安対策他についてこれまでの政権との相違点を繰り返し強調してきた。しかし、現政権において年間殺人件数や犯罪件数などは高止まりしており、前政権からの改善がみられないとの批判に直面している。治安改善が急務となるなか、大統領は、創設した国家警備隊および軍を全国に展開し、治安対策にあたらせるとの方針を打ち出した。さらに、国家警備隊を国防省の管轄下に置く法改正を実現した。国内では、同改正で文民統制が失われ国の軍事化が進むことへの懸念や、同法改正の合憲性を問う声が上がっている。

はじめに

2018年12月1日に就任したロペス・オブラドール(Andrés Manuel López Obrador)大統領は、これまでの政権からの変革をもたらすと強調してきた。しかし、大統領の主張とは裏腹に、治安対策への軍の活用という方針からの変化がなく、治安情勢は改善されていない。変革をもたらすと強調したあまり、治安問題を中心に現政権への批判は厳しくなっている。

1.現政権下での治安対策の方針

2006~12年、犯罪組織との全面対決を「戦争」として宣言し、治安対策をおもに軍に担わせたカルデロン(Felipe Calderón Hinojosa)政権期に、メキシコにおける殺人件数は急増した(Trejo y Ley 2022)。その後、2012~18年のペニャ・ニエト(Enrique Peña Nieto)政権後期に殺人件数が再度増加したため、治安対策にあたる軍構成員がさらに増員された。ロペス・オブラドールも、大統領に当選する前は軍事主義の政府を是認できないなど述べていたが、次第に軍に治安を保障させる方針を変更できないと述べるようになり、現政権下でも軍による治安対策が継続されることとなった。このような流れから、メキシコで生じているのは治安対策の軍事化ではなく、軍事主義だとの指摘もある1López Portillo y Storr 2021)。

現政権は、就任初期、治安対策に関する基本的な戦略を「国家治安戦略」(Estrategia Nacional de Seguridad Pública)として打ち出した。総括すれば、①暴力や犯罪を誘発する根本原因である貧困や就業、就学の機会の欠如に対処し、治安の改善をめざす(犯罪組織との直接的な対峙は避ける)、②貧困対策と就業、就学の機会提供のために金銭の直接給付を行い、その財源は汚職の撲滅により賄う、③汚職を行う警察組織ではなく、清廉潔白な軍や国家警備隊に治安対策をさせる、との3点に集約できる。本稿では、③の方針に関する直近の動向について以下にまとめる。

2019年3月、上記③に沿って憲法が改正され、国家警備隊が創設されるとともに、憲法附則(transitorio)第5条に「軍の治安対策への従事を2024年まで可能とする」との文言が記された。同文言は、創設されたばかりの国家警備隊が、独り立ちできるまでの期限付きで軍の支援を得るためと説明された。当時、殺人件数の大幅増加など、治安情勢への懸念が大きい時期であったため、野党は、期限付きかつ国家警備隊を補完する目的であれば、軍を治安業務にあたらせることに賛成した。

その後、治安対策にあたる軍人数は、現政権下で増加し続けている()。また、現政権下で軍は税関や港湾の管理、インフラ建設、ワクチン接種まで、数多くの業務を新規に委嘱されている。さらに、配分予算も大幅に拡大され、2023年の歳出予算案のうち陸海軍に配分された額は、カルデロン政権最終年の2012年より実質3割の増加であった2。予算拡大にこそ、軍を優遇する現政権の意向が表れており、軍事化の兆候を示すものであると指摘されている。では、軍が政府から政治的・経済的な後ろ盾を得ていることで、治安が改善しているかといえば、そうとはいえない(北條 2022)。殺人件数については高止まりで、前政権時から減少しているとはいい難く、その他の犯罪についても、麻薬密売、強姦、強請、人身取引、女性殺人などが増加傾向にある3

(注)カルデロン政権期(2006~12年:青色)、ペニャ・ニエト政権期(2013~18年:緑色)、ロペス・オブラドール政権期(2018~21年:えんじ色)の治安に従事する軍構成員数の推移。

(出所)Animal Político4が国防省より入手したデータをもとに筆者作成。

ロペス・オブラドール大統領個人への支持率は、2022年8月の各紙世論調査の平均で63%となっており、直近5名の大統領と比較して最高水準で推移している5。しかし、大統領支持率と治安対策への支持率とのあいだには、大幅な乖離がある。同年9月のエル・フィナンシエロ紙の月次世論調査では、大統領支持率が56%であったのに対し、治安対策の評価では、低評価が60%で、高評価の25%を35ポイント上回った。同紙世論調査では、現政権の治安対策について、一貫して低評価が高評価を上回っている。また、同年8月末のレフォルマ紙世論調査では、メキシコが直面する最大の課題は治安問題であると回答する国民が48%を占めた6

写真 2022年11月20日メキシコ革命記念日の軍事パレード(筆者撮影)。

2.国家警備隊と軍の関係

治安改善が急務となるなか、現政権は2022年9月に、国家警備隊を国防省管轄下に置くための法改正を行った。その際、治安対策への軍の関与増大について世論が拮抗しており、野党から強い反発が予想されたため、上下両院で3分の2以上の賛成が必要な憲法改正はあきらめ、与党が両院で保持している過半数の賛成のみが必要な一般法の改正となった7。しかし、憲法21条には、国家警備隊は「文民による統制の下」「治安関係省に所属する」と明記されているため、今後、この法改正に関する違憲審査が要請される可能性がある。

また、上述のとおり、軍は2024年までの期間限定で、国家警備隊が組織として発展・成熟するまでの補完的支援を行うはずであったが、そもそも国家警備隊の構成の実態は、国防省(陸軍)や海軍省(海軍)に籍を置く軍人が「2024年までの出向」の建前のもとで約7割を占め、残りがカルデロン政権期に創設された連邦警察の出身者と新規採用隊員である8。また、最高司令官は(退官)軍人で、同隊の戦略を策定するのも国防省である。すなわち、実態としては、上述の法改正を経ずとも国家警備隊は軍の管轄下に置かれてきたのであり、今回の法改正の目的は、実態を法的にも裏付け、今後の治安対策の責任の所在が軍にあると明確にすることであった。

なお、今回の法改正時にさほど注目を集めなかった内容のうち、懸念点が2つある。一つは、現政権が解体を進めた連邦警察の出身者が国家警備隊を除隊させられ、再就職の機会を失って犯罪組織に流れることである9。もう一つは、国家警備隊が、各地方に根ざした知見がなく、現場対応の訓練経験を持たない軍出身者と新規採用者の寄せ集めであり、そこに連邦警察で蓄積された情報が引き継がれない点である。

おわりに

ロペス・オブラドール大統領は、国家警備隊の国防省への移管が治安政策の本格的な軍事化だとの批判に対し、軍の最高司令官である大統領が文民である以上、国家警備隊は文民統制下にあり続けると反論してきた。国内では、このような大統領の発言に関し、法の支配を軽視しているのではないかと多くの疑問の声が上がっている。また、国家警備隊を国防省管轄下に置く法改正について、違憲性を厳しく追及するのではないかと期待された国家人権委員会が、本件についての違憲審査を要請しないと発表するなど、政府権力に対する均衡を保つ勢力の不在も懸念されており、今後の動向が注目される10

付記

本稿は、2022年10月14日時点の情報をもとに執筆した。執筆者の所属先の見解を代表するものではない。

本文の注
1  Daira,Arana,y Lani Anaya 2020. “De la militarización al militarismo.” Nexos, 16 de noviembre.

2  Eduardo Revilla, “El Presupuesto de Egresos para el 2023.El Economista, 25 de septiembre, 2022.

3  “Tercer Informe de la Estrategia Nacional de Seguridad Pública 2022.” Secretaría de Seguridad y Protección Ciudadana, 18 de julio, 2022.

5  Javier Márquez, “Aprobación presidencial.Oraculus, 7 de octubre, 2022.

6  “Se mantiene apoyo al Presidente López Obrador.Reforma, 31 de agosto, 2022.

7  たとえばエル・フィナンシエロ紙が2022年8月に発表した世論調査結果では、軍が治安対策を行うことに賛成が46%、反対が46%と二分されていた。“¿Guardia Nacional, con mando militar o civil? Esto opina la ciudadanía.El Financiero, 17 de agosto, 2022.

8  “Informe Anual de Actividades 2021.” Guardia Nacional, 2 de febrero, 2021.

9  警察出身者が犯罪組織に流れ、警察時代の知見を活かすことはすでに指摘されており、多く報道されている。“Ex policías federales, en riesgo de que los absorba el crimen organizado.El Bravo, 14 de octubre, 2022.

10  “PRONUNCIAMIENTO DGDDH/067/2022.” Comisión Nacional de Derechos Humanos, 13 de septiembre, 2022.

引用文献
  • 北條真莉紗2022.「折り返し地点を迎えたロペス・オブラドール政権」『ラテンアメリカ時報』65 (3): 49-52.
  • López Portillo, Ernesto, y Samuel Storr 2021. “De la militarización al militarismo, ¿ciclo incontenible?” Este País, 1 de octubre. https://estepais.com/home-slider/de-la-militarizacion-al-militarismo-ciclo-incontenible/
  • Trejo, Guillermo, y Sandra Ley 2022. Votos, drogas y violencia. Ciudad de México: Penguin Random House Grupo Editorial.
 
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