2025 年 42 巻 1 号 p. 93
本書は、長年コロンビアをフィールドとして研究を重ねてきた日本人の地域研究者5人とコロンビア人研究者が、「辺境」という概念を軸にしてそれぞれのテーマに接近することで、コロンビアという国の実像を浮かび上がらせることをめざした論文集である。
コロンビアは山脈や深いジャングルなどで国土が分断され、国家による実質的統治や行政サービスが届かない地域が各地に多く存在する。さらに、先住民コミュニティ、奴隷制やその廃止などの歴史的経緯、局地的な鉱物資源などの開発、麻薬生産・ビジネスの広がり、20世紀以降の内戦やゲリラ闘争およびそれらから逃れる人々(国内避難民)など、人やコミュニティの多様性と変容性、移動性が高い。そのため、コロンビアという国を国家レベルでの視点から語ろうとすると、それらの多様な人びとやコミュニティの問題が可視化されずに、「存在しないこと」になってしまう。
このような問題意識を共有する本書の執筆者らは、中央(国家)からの視点ではなく、「辺境」からコロンビア社会を描こうと試みている。序章および第1章では、「辺境からコロンビアを語る」意義やコロンビアにおける「辺境」の多様性が説明される。それを受けて第2章以降の6つの章では、個別のテーマや地域に関する論文が並べられている。国家に包摂されていない辺境だからこそ広がる違法作物(麻薬)栽培やゲリラ闘争、それらから逃れる国内避難民、エネルギー資源開発に翻弄される先住民やアフロ系コミュニティなど、多様なテーマが取り上げられている。そして、それらはしばしば重なりあう。コロンビアの「辺境」が、地域、人種、歴史的経緯、近代国家における政治・行政的包摂、市場経済への連結、20世紀以降の内戦やゲリラ闘争など、多層的な側面から語られることで、その概念の多様性と深みが立ち上がる。
本書は、2019~22年度に科研費で実施された研究プロジェクトの最終成果である。コロナ禍で現地調査がしづらい時期ではあったが、概念整理が丁寧にされており、また「辺境」という共通項を軸に執筆者同志で十分な議論がされたことが垣間見える。コロンビアの理解が多層的に広がるとともに、他の国についても「辺境から見る」アプローチの有効性が示されたといえる。