蝶と蛾
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ヨモギトリバ(鱗翅目:トリバガ科)の生活史
神原 叙子矢野 宏二
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1996 年 47 巻 1 号 p. 69-82

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抄録

日本で最も普通のヨモギトリバは,成虫と幼生期の形態は記載されているが(Yano,1963),生活史の詳細は不明であった.食草のヨモギは古くから食品の一部や医療用に使用されてきた一方で,雑草としても顕著である(沼田・吉沢,1975).また,本種には未記載種を含めて近似種が多く,詳細な生物学的知見は,今後の本種群の分類学的研究にも必須であり,これら基礎,応用両面を視野に入れて本研究を実施した.野外調査は山口市内で1994年4月から12月まで実施し,季節消長の調査は10日間隔で幼虫を採集した.飼育は恒温器を使用して温度別に行った.1.幼虫の齢数野外個体群と飼育個体群(25℃)の幼虫頭幅の頻度分布から,本種幼虫は5齢を経過すると判断した.この分布を経験的に正規分布とみなし,各齢頭幅の測定範囲,平均値,標準偏差を統計的に算出して,以下の調査項目における齢判定の基準とした.2.季節消長定期調査による各齢幼虫の個体数割合から季節消長を判断した.12月下旬の3-4齢幼虫と4月上旬の5齢幼虫のピークから判断して本種は3ないし4齢幼虫で越冬すると思われる.4月と5月における5齢幼虫の発生状況から,3齢幼虫の最初のピークが第1世代のものと判断すると,第6世代が10月上旬から11月下旬に発生し,越冬することになり,5ないし6世代の発生と推定されるが,この点は下記の発育の項目で関連して検討する.3.幼虫の巣1)営巣.野外調査の結果,1齢幼虫は営巣せず,2齢,3齢,4齢,5齢もそれぞれ67%,27%,21%,13%の個体が営巣していなかった.1齢幼虫は飼育でも営巣しなかった.2齢以後の幼虫は,巣を離れて移動することがあり,とくに5齢幼虫は巣外で蛹化するので,これらの移動個体が上記の巣なし個体数割合になっていると思われる.2)巣の形態.幼虫の巣は1ないし5枚の小葉(ヨモギの葉は深く裂け,3ないし7個の小葉状に分かれるので,その部分を便宜上小葉と表現する)をテント状に形成するが,齢の進行に伴って使用小葉数は増加した.3)巣の大きさ.巣の長さと幅を基準として測定すると,齢の進行に伴い,巣は大きくなった.4)共有巣.野外で採集した430個の巣のうち,21個が2個体の幼虫,2個が3個体,2個が4個体の幼虫が入っていた.3齢幼虫がこれら共有巣に関係することが最も多かった.1齢幼虫と3齢幼虫が共有していたのが1例,1齢幼虫3個体と2齢幼虫1個体の共有が1例見出された.後者の場合,空の卵殻が3個あったので,2齢幼虫が産卵された葉を使用して営巣したものと判断される.1齢は営巣しないので,いずれにしろ受動的な共有である.4.蔵卵数と産卵数未交尾雌の蔵卵数を羽化後5日間にわたり調査した結果,羽化当日は少なく,2日目から5日目にかけて平均55-75卵を示し,最大値は101卵であった.3日目から5日目の間では有意差がなかった.雄雌1組で飼育して産卵数を調査した結果,1日目は産卵せず,ハチミツを供餌しない区では2日目から9日目にかけて,供餌区では2日目から13日目にかけて産卵が見られ,合計80-168卵(非供餌区)と151-289卵(供餌区)の産卵があった.逐次発育型卵巣であるため,蔵卵数より多い数値を示した.5.発育所要期間若齢幼虫の発育上限温度は29℃ないし30℃であったが,5齢幼虫は30℃でも蛹化,羽化した.20℃,25℃,28℃の温度における卵,幼虫,蛹,卵-羽化の各発育段階別の発育所要日数を求めた結果,25℃では卵から羽化までに31.5日(雄)と32.6日(雌)であった.6.発育速度,発育零点,有効積算温度発育速度と飼育温度から回帰直線式と相関係数を求め,理論的発育零点と有効積算温度を算出した.卵-羽化期間の発育零点は雄で3.66℃,雌で4.14℃,幼虫は雄で0.50℃,雌で2.06℃であり,鱗翅類の中でも低い方であった.雄雌一緒にした有効積算温度は713.2日度であった.本種は20-25℃で羽化後48時間以内に交尾・産卵したので,1世代あたりの有効積算温度は750日度前後と思われる.7.世代数平均気温法により山口の年間有効積算温度を求めると4,466.1日度であり,上記の理論的有効積算温度で算出すると,年間発生可能世代数は5.95回となった.したがって本種は山口市で5ないし6回発生すると推定され,前記の野外調査による季節消長の解析と一致した.

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© 1996 日本鱗翅学会
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