2018 年 69 巻 2 号 p. 75-83
Hypocala属には16種1亜種が含まれ,アジア・オーストラリア地域の温帯および熱帯域にかけて分布する他,新熱帯区には1種が知られる(Holloway, 1977, 2005; Poole, 1989).日本にはムーアキシタクチバH. deflorata(Fabricius),インドキシタクチバH. rostrata (Fabricius),タイワンキシタクチバH. subsatura Guenée,ヘリボシキシタクチバH. violacea Butler,ヒロオビキシタクチバH. biarcuata Walkerの5種が分布している(岸田ほか,2011).本属に含まれる種の多くはカキノキ科Ebenaceaeを寄主植物とし(杉,1969),これらのうち日本ではムーアキシタクチバ H. deflorata,インドキシタクチバ H. rostrata,タイワンキシタクチバ H. subsaturaの3種がカキDiospyros kaki Thunberg の害虫として知られている(杉,1969;日本応用動物昆虫学会,2006).
ムーアキシタクチバH. deflorataには2亜種が知られており,そのうち基亜種のH. deflorata deflorata (Fabricius) はアフリカ大陸からアジア(日本を含む)および太平洋上の島嶼にかけて分布し,オーストラリア地域からは別亜種 H. deflorata australiae Butler が知られている.日本国内において本種の幼虫がカキを食害することは古くから知られており(高橋,1930;杉,1969等),主に苗木(特に台木苗)に被害を与える(行徳,1971).国外でも台湾(Sonan, 1939)や,ハワイ(Zimmerman, 1958)においてカキを食樹とする記録がある.しかしながらこれら2つの分類群は,オーストラリア地域の亜種H. deflorata australiaeが基亜種H. deflorata deflorataのシノニムとして扱われることがあるほか(Zimmerman, 1958),岸田・吉本(1975)によって台湾産のH. moorei (= H. deflorata)は別系統を含むことが示唆されるなど,分類学的な問題を抱えていた.
筆者らは農林業におけるチョウ目の害虫種を中心にDNAバーコード情報の蓄積を進めているが,その研究の一環として,カキの害虫として知られるムーアキシタクチバと同属のタイワンキシタクチバの2種を解析した.その結果タイワンキシタクチバは別クレードとして識別できたが,これ以外にいわゆる日本産のムーアキシタクチバには,2つの異なるクレード(clade, 分岐群)があることが分かった.そこで日本を中心とした国内外より得られたサンプルを用いて詳細な分子・形態分類学的研究を行ったところ,アジア産のいわゆるムーアキシタクチバには明らかに異なる2つの分類群が混在し,そのうち一方がオーストラリア地域の別亜種とされてきた H. deflorata australiaeに該当することが分かった.また,これらの分類群は雌雄交尾器形態(Figs 9-12)とDNAバーコード領域の塩基配列(Fig. 13)が別種と判断できる程に十分に異なっていることを,今回我々は初めて見出した.したがって本論文では,H. deflorata australiaeを種に昇格させ,H. australiae stat. rev. ミナミキシタクチバ(新称)と扱い,両種の分子・形態学的識別法を示した.また,岸田・吉本(1975)による台湾産H. deflorataの別系統は,彼らによるとアフリカ産の近縁種H. gaedei Brioとよく似た雄交尾器を持つとされるが,今回見出されたミナミキシタクチバの雄交尾器はH. gaedei とよく似ており,この別系統はミナミキシタクチバである可能性が高いと考えられる.なおH. gaedei の雄交尾器は,Berio (1955)で図示されている様にバルバ腹縁の強く骨化したローブ状の部位に生じる外向きの棘状突起がミナミキシタクチバよりも顕著に発達することによって識別できる.以下にムーアキシタクチバとミナミキシタクチバの形態学的識別点を述べる.
外部表徴(Figs 1-8):前翅の斑紋は両種ともに良く似ているが,後翅外縁付近のCuA2からCuA1にかけて生じる細長い黄色紋(Figs 7-8,矢印)が,ムーアキシタクチバではほぼ外縁に沿って外向きに現れるのに対し,ミナミキシタクチバでは後翅基部へと内向きに生じる.さらに,ムーアキシタクチバは後翅基半部の黄色部がよく発達し,その外側の縁はほぼ直線状,あるいはやや波打った形状であるのに対し,ミナミキシタクチバは全体的に黄色部が発達せず,CuA2脈室付近でほぼ直角に内側へ湾曲する(Figs 7-8,黒太線).また,ミナミキシタクチバはFig. 1のムーアキシタクチバのように黄色部が後角部付近まで達することはない.一部の個体を除いて上記の外部表徴によって両種は識別できるが,Fig. 3のように中間的な形態を有する個体もあり,正確な同定は雌雄交尾器を検鏡することで可能である.
雄交尾器(Figs 9-10):ムーアキシタクチバのValva腹縁は,基部から外縁にかけてよく骨化し,腹縁と外縁の角度がほぼ直角をなすのに対し,ミナミキシタクチバではValva腹縁の外縁付近が膜質的で丸みを帯びる(Figs 9-10,黒線).またValva腹縁のローブ状に強く骨化した部位が,ムーアキシタクチバでは丸みを帯びた形状であるのに対し,ミナミキシタクチバでは外方へ向かってやや突出した棘状となる(Figs 9-10,矢印).Valva中央部の強く骨化したHarpeはミナミキシタクチバにおいてよく発達する傾向にあり,顕著に二叉した形状となる.
雌交尾器(Figs 11-12):Bulla seminalisの基部,すなわちDuctus bursaeとの接合部付近が,ムーアキシタクチバは膜質であるのに対し,ミナミキシタクチバではやや骨化することによって識別できる(Figs 11-12,矢印).また両種ともにCorpus bursaeにはバンド状の2つの大きなsignaを生じるが,ムーアキシタクチバではその腹方側が背方のものと比較して(Figs 11-12ではいずれも左側が腹方側,右側が背方側となっている)約2/3の長さであるのに対し,ミナミキシタクチバでは短く,約1/2の長さとなる.交尾器全体の大きさはミナミキシタクチバがやや大きい傾向にある.
これまでにムーアキシタクチバとして報告されてきた記録には両種が混同されている可能性があることから,寄主植物および分布に関する情報は再検討する必要がある.今回我々は,ミナミキシタクチバを山梨県産1♀と鹿児島県屋久島産1♂に基づいて日本から初めて記録したが,これら2例の記録はアジアからの初記録ともなる.