2013 年 53 巻 1 号 p. 43-56
ニホンカモシカCapricornis crispusは青森県下北半島から九州宮崎県にかけて,約2,000 kmの距離にわたって分断的に分布しているが,現在の地理的分布パターンを形成するまでに個体群によっては孤立した経緯を持つものも存在する.そのため,個体群ごとに独立した変異を持っている可能性がある.そこで本研究では,本州に生息するニホンカモシカの頭蓋形態における地理的変異について,6地域の個体群を用いて調査を行った.まず雌雄差を確認したところ,性的二型が認められなかったため,個体群ごとの解析は雌雄一括して行った.多変量解析の結果から少なくとも(1)蔵王個体群,(2)白山個体群,(3)中央アルプス個体群の3グループが分類可能であり,ニホンカモシカの頭蓋形態には地理的変異が存在することが明らかとなった.サイズでは特に北上,蔵王,白山個体群が他の3個体群よりも大型化の傾向を示し,積雪量などの気候や,種間競争といった生息環境の差異が影響していると考えられた.さらに,北上と蔵王個体群では特異的な鼻骨形態が確認され,それらは東北の個体群では遺伝的多様性が低いといった遺伝的背景と関連しており,他個体群よりも長期間隔離されていた,もしくは小集団から個体群が形成された可能性を示唆していると考えられた.