抄録
2000年代に普及したGPS(Global Positioning System)内蔵型首輪によって,以前より高精度かつ高頻度な陸上哺乳類の位置情報の測位データが得られるようになった.GPSの測位データを対象動物の行動解析に供するためには,GPSの観測誤差の補正と移動や滞在などの行動区分が重要な課題であり,それらを同時に処理できるモデルとして,スイッチング状態空間モデル(Switching state-space model,以下「SSSM」)が提案されている.GPSを用いた位置情報取得では,研究目的や電池寿命との兼ね合いによって様々な測位間隔が用いられるため,同じ解析を行っても測位間隔によって全く異なった結論が導かれる可能性がある.そこで,本研究では,ツキノワグマUrsus thibetanusを例として,GPSによって5分間隔および30分間隔で測位したデータから様々な測位間隔のデータを発生させ,SSSMの推定結果に測位間隔が与える影響を検証した.その結果,SSSMとGPS首輪に内蔵された活動量センサーを組み合わせることにより,5分~120分間隔では,ツキノワグマの行動が移動,滞在中の探餌および休息の3つに区分された.しかし,240分~360分間隔では活動量センサーによる探餌と休息の区分が難しいことから,移動と滞在の2区分を使用するのが妥当と考えられた.また,集中利用地点を認識する時空間スケールは測位間隔が長くなるほど大きくなった.移動距離はいずれの測位間隔でも相対的な比較が可能であったが,位置情報が重要となる生息地選択の解析は30分以下の短い測位間隔を用いた方が良いことが明らかになった.SSSMは測位間隔を変えることによって様々な目的に供することができる.これまで,陸上哺乳類では詳細な時空間スケールでの研究に制限があったが,GPSで高頻度の測位データが得られること,SSSMで定量的な行動解析が可能となったことから,5分~30分間隔程度の短い間隔の測位データにSSSMを適用することでより多くの新たな知見が得られると期待される.