2017 年 57 巻 2 号 p. 297-306
本研究では,ヒグマ(Ursus arctos)の個体数推定のために行うヘア・トラップ調査において,個体数推定の精度を向上させるために,ヒグマの体毛の採取効率が向上する(体毛の採取回数が多い)調査デザインを検討することを目的に,体毛の採取回数に影響する立地条件を明らかにした.「体毛が採取されない」というデータには,ヒグマがそもそもそこに存在しないため体毛が採取されなかったという場合が含まれる可能性があることから,採取回数に影響する立地条件を明らかにするには,調査地にヒグマが存在するかしないか(在・不在)に影響を与えている立地条件を同時に明らかにする必要がある.したがって,解析にはゼロ強調二項分布モデル(zero- inflated binomial model)を用いて行った.その結果,北海道渡島半島に設定した調査地域においては,ヒグマの在・不在に対して明らかな影響を与える立地条件は確認されなかった.一方,体毛の採取回数に影響を与える立地条件としては,ササ属(Sasa spp.)の被度が低い場所において採取回数が多いことが明らかとなった.このことは,そのような場所にヘア・トラップを選択的に設置することで,生息密度推定における基礎データとなる体毛の採取回数を増加させ,かつ,採取効率の地点間の分散が減少することで密度推定への影響が低減され,より確かな推定値が得られることを示している.この結果をもとに,ササ属の被度が低い場所にトラップを設置して検証のための調査を実施したところ,ヒグマの在・不在および採取回数に影響を与える要因は検出されなかった.
本研究の結果より,ヘア・トラップ調査を実施する場合には,ヒグマの分布状況に十分に配慮したうえで,トラップ設置地点のササ属の被度が低い場所にトラップを設置し調査を行うことが推奨される.