2018 年 58 巻 1 号 p. 161-174
昭和初期(1920年代),日本は東~東南アジアおよび南太平洋各地に領土を拡大した.それにともなって各地で標本を収集し,新種を記載し,哺乳類相を検討するような分類学的,生物地理学的研究が日本出身の研究者によって始められ,急速に最盛期を迎える.明治期以降にはじまった日本の動物学において人材育成が進んだことを背景に,哺乳類学者の研究対象とする分類群や研究手法が多様化していく.東京圏の外に多くの大学や研究機関が設置されるのもこの頃で,例えば台北帝国大学では日本最初の「哺乳動物学」を掲げた研究室が設立された.1923年,日本で最初の哺乳類研究に関する会である「日本哺乳動物学会」が発足した.この学会は小規模でサロン的なものであり,1929年の渡瀬庄三郎教授の死去にともない立ち消えてしまう.本稿では,当時の哺乳類学の状況を「日本哺乳動物学会」の活動を通して概観する.そして,当時の日本を代表する2人の哺乳類学者,黒田長禮と岸田久吉の経歴と業績,両者の関係を紹介する.