哺乳類科学
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特集 野生動物管理のための景観生態学
景観遺伝学―集団の遺伝構造が成り立つ要因を景観生態学的手法で解き明かす
大西 尚樹
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2021 年 61 巻 2 号 p. 303-310

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抄録

景観遺伝学(Landscape genetics)は生息地の空間パターンが野生動植物個体群の遺伝的多様性に与える影響を検証する学問として2003年に提唱された.景観遺伝学は,景観的な特徴が遺伝構造に与える影響を明らかにしたり,遺伝的データを用いて生態学的な過程を明らかにしたりすることを目的とする.本稿では,著者らが近年発表した北東北のツキノワグマUrsus thibetanusを材料にした研究を主な題材として景観遺伝学を紹介する.従来の集団遺伝学では距離による隔離の効果(IBD)を検証することが大きな目的の一つだったが,景観遺伝学では景観要因による抵抗や障壁の効果(IBR,IBB)を検証することが多い.ツキノワグマにおいては農地と住宅地が25倍の抵抗として機能していた.また,地形の影響も検出でき,ツキノワグマでは標高よりも個体間の標高差と起伏の程度が遺伝子流動に影響していた.IBBの効果は検出されなかった.生態学的過程を明らかにする研究としては,最小コストパス法とサーキット理論を紹介した.ツキノワグマでは景観生態学的手法で報告されていた行動パターンの雌雄差が遺伝データからも示唆された.景観遺伝学は集団ベースの解析から個体ベースの解析へと移行していくと考えられる.遺伝解析技術の他にも空間解析や統計学に関する知見が求められることから,異なる分野間での交流が必要だろう.

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© 2021 日本哺乳類学会
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