人による土地の改変や占有化がすすめば,大型食肉目動物の広大な行動圏に人為景観が含まれる割合は増し,人間活動と重複するエリアも拡大する.その結果生じる人とのあつれきを軽減しつつ,個体群保全を同時にかなえることが今日の世界的難題となっている.人身事故を伴うクマ類との共存のためには,人とクマの遭遇を回避することと,クマによる人里の利用頻度を減らすことが求められる.人-クマ間の遭遇を最小限にするためには,クマが人里周辺地域でどのような空間利用をしているかを把握し,それに応じて人間活動の制御も必要となるだろう.クマによる人里利用を抑制するためには,人里利用増加の要因を人間の土地利用変化の影響を含め広域スケールから特定化した上での,クマの生息地復元・管理などの長期的対策が重要であろう.
本稿では,人里周辺地域を構成する主要な人為景観要素である林地・農地・住宅地・河畔林・道路に着目し,クマ類がそれらを生息地の一部として,どのように選択・忌避するか,国内外含めた先行研究から整理し,人里周辺における空間利用様式を概観する.そして中央アルプス山麓周辺のツキノワグマが実際に人里周辺地域でどのような空間利用をしていたか,GPS測位データから明らかになった生息地選択行動を事例として紹介する.次に,人里利用増加の要因について,これまで議論されてきた動物学的説明と生態学的説明を試み,実際のデータと科学的推定の事例から検証しつつ,中央アルプスのツキノワグマによる人里利用増加の要因について議論する.最後に,人里周辺でのクマの適応行動への人間活動の対応について,また人里利用増加の要因への対策について課題を整理し,今後に向け研究・管理の方向性について展望する.
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