2023 年 63 巻 2 号 p. 167-178
鯨類は生息環境を水中へ移し適応したことにより,後肢と骨盤は退化した.そのため現在では寛骨と呼ばれる一対の遊離骨が存在する.ネズミイルカ科に属するネズミイルカ(Phocoena phocoena)とイシイルカ(Phocoenoides dalli)は同所的に生息し,単独もしくは少数で行動する一方,異なる繁殖生態を持つことが報告されている.本研究では,近縁種で同じ生息域や社会性を持ち,異なる繁殖生態をとる両種を対象に,繁殖生態が寛骨形態に及ぼす影響について考察し,繁殖様式との関連性を議論することとした.ネズミイルカ54個体,イシイルカ76個体の寛骨を使用し,実測値による線形回帰分析,セミランドマーク法による寛骨形状の正準判別分析を行った.線形回帰分析の結果,両種と雌雄において全ての計測部位で体長に対して相関を示し,オスでは全ての計測部位で種差が認められた.寛骨形状における正準判別分析の結果,両種において雌雄と成長段階で形状の差が見られた.ネズミイルカのオスの成熟個体は,オスの未成熟個体とメスと比較したとき,寛骨の中央部後方の幅がより広く,中央部がより厚いことが明らかとなった.一方,イシイルカのオスの成熟個体は,オスの未成熟個体およびメスと比べ,寛骨の尾側周辺の幅がより広く,中央部がより厚いことが明らかとなった.本研究にて,ネズミイルカはイシイルカよりも寛骨の長さや厚さがより大きく,成長段階における寛骨形状の変化は,両種のオスにおいて変化が顕著であった.これらの寛骨形状は,オス生殖器の成長に伴う坐骨海綿体筋の増加による変化と考えられ,繁殖生態の差異が寛骨の大きさや形状に反映していることが示唆された.