我々は野外より捕獲したオオアシトガリネズミSorex unguiculatus(真無盲腸目トガリネズミ科)を実験室内で飼育し,飼育下繁殖を試みた.その結果,交尾・妊娠・分娩・産仔の離乳に成功した.性成熟した雌雄をペアリングすると,腰を左右に振る行動や頻繁に雄の周りを徘徊する行動が雌で観察された.ペアリング2日目には乗駕が観察された.分娩まで至った2ペアはそれぞれ51回と9回の乗駕が観察され,平均(±SD)乗駕時間はそれぞれ39±59秒と56±54秒であった.分娩に至らなかったペアでも複数回以上の乗駕が観察された.妊娠期間は21~22日と推定された.実験室内で妊娠した2例およびすでに妊娠した状態で捕獲された個体の10例の合計12例で娩出された産仔が観察され,そのうち4例では産仔の離乳に成功した.離乳期間は31~36日と推定された.育仔中の雌は床材とした藁でドーム状の巣を形成した.母獣の活動時間は育仔日数を追うごとに増加した.離乳した産仔は亜成体とほぼ同じサイズに達し,離乳後9週までは大きな体重増加が見られなかった.
北海道沿岸に来遊する幼獣以降のゴマフアザラシ(Phoca largha)の食性については,主に水深の浅い沿岸域で魚類と頭足類を採餌する広食性であることが先行研究にて解明されてきた.しかし,離乳直後の個体については魚類餌生物に加えてオキアミ類(Euphausiidae spp.)を含む浮遊性小型甲殻類を餌生物として利用していることが明らかにされているにとどまる.そこで本研究では北海道沿岸における離乳直後の個体の食性変化を分析し,その様相と時期を具体的に把握することを目的とした.順序ロジスティック回帰分析の結果,オキアミ類のみを食性の中心としたオキアミ類専食型は3月,オキアミ類と魚類の両方を中心とした併用型は4月,魚類のみを中心とした魚類専食型は5月を中心に出現した.採餌経験と遊泳能力に乏しい離乳直後の個体が,海氷下で群れを形成するオキアミ類を重要な初期食物として積極的に利用していたものと考えられた.その後,海氷の消失に伴って魚類専食型に移行し,底層魚類を積極的に利用することが生存に有利な戦略であることが示唆された.
鯨類は生息環境を水中へ移し適応したことにより,後肢と骨盤は退化した.そのため現在では寛骨と呼ばれる一対の遊離骨が存在する.ネズミイルカ科に属するネズミイルカ(Phocoena phocoena)とイシイルカ(Phocoenoides dalli)は同所的に生息し,単独もしくは少数で行動する一方,異なる繁殖生態を持つことが報告されている.本研究では,近縁種で同じ生息域や社会性を持ち,異なる繁殖生態をとる両種を対象に,繁殖生態が寛骨形態に及ぼす影響について考察し,繁殖様式との関連性を議論することとした.ネズミイルカ54個体,イシイルカ76個体の寛骨を使用し,実測値による線形回帰分析,セミランドマーク法による寛骨形状の正準判別分析を行った.線形回帰分析の結果,両種と雌雄において全ての計測部位で体長に対して相関を示し,オスでは全ての計測部位で種差が認められた.寛骨形状における正準判別分析の結果,両種において雌雄と成長段階で形状の差が見られた.ネズミイルカのオスの成熟個体は,オスの未成熟個体とメスと比較したとき,寛骨の中央部後方の幅がより広く,中央部がより厚いことが明らかとなった.一方,イシイルカのオスの成熟個体は,オスの未成熟個体およびメスと比べ,寛骨の尾側周辺の幅がより広く,中央部がより厚いことが明らかとなった.本研究にて,ネズミイルカはイシイルカよりも寛骨の長さや厚さがより大きく,成長段階における寛骨形状の変化は,両種のオスにおいて変化が顕著であった.これらの寛骨形状は,オス生殖器の成長に伴う坐骨海綿体筋の増加による変化と考えられ,繁殖生態の差異が寛骨の大きさや形状に反映していることが示唆された.
モグラ類は地下適応を遂げてきた小型哺乳類であり,飼育研究で得られた繁殖に関する知見は少ない.本研究では,アズマモグラ(Mogera imaizumii)を対象に,飼育中に出産した母親とその仔3個体を用いて,先行研究で開発されたマイクロサテライトマーカーが,本種の個体識別や親子判定に利用可能か検証した.さらに父親の遺伝子型を推定し,交尾に関わったオスの個体数を明らかにするとともに,先行研究における山形県の3地点の野生集団の遺伝子型データを用いた再解析から,マーカーの個体識別率について評価した.その結果,12遺伝子座のマーカー中10遺伝子座で明瞭なピークが得られ,本研究で対象とした親子について,父親の遺伝子型を高い確率で推定でき,仔3個体の父親はオス1個体のみである可能性が示唆された.また先行研究における山形県の遺伝子型データの再解析から,これらマイクロサテライトマーカーを用いた個体識別や親子判定が可能であり,モグラ類における繁殖生態の解明への有用性が示された.
阿武隈山地には近年になってツキノワグマ(Ursus thibetanus)の進入が認められ,環境省特定計画ガイドラインおよび福島県の特定管理計画で監視区域に指定されている.しかし,同地域でのツキノワグマの生息実態は明らかにされていない.そこで阿武隈山地北部の800 km2の調査対象域にセンサーカメラおよび遺伝子試料採取用のヘアトラップを設置して,ツキノワグマの生息密度,遺伝的特徴を把握するための調査を実施した.約31か月間の調査期間中,ツキノワグマのトラップ設置地点への訪問は計4回に留まった.そのため,個体密度は低レベルであると考えられた.補完的に収集した遺伝子試料を併せたミトコンドリアDNAのハプロタイプの確認では,福島県,山形県,新潟県などの奥羽山地に特徴的なハプロタイプが確認でき,ツキノワグマが阿武隈山地の西側から進入している可能性が示された.本調査で確認された個体はすべてオスであったが,メスもすでに進出している可能性もある.引き続きの行政と研究者が協働してのモニタリングと,その結果に基づく適切なツキノワグマ管理計画の策定が福島県など行政の課題である.
植物は消費者による摂食を回避するために様々な被食防御物質を含んでいる場合がある.そのひとつであるタンニンは渋みの成分であり,消費者に対してタンパク質の消化率を減少させたり,消化管に損傷を与えたりするなど有害な影響を及ぼす.しかしタンニンは植物界に広く分布しているとされながら,日本ではその分類学上の分布情報は限られていた.本研究は植物界におけるタンニンの分布をスクリーニングすることを目的として,117科349種の植物のタンニン含有率を調査した.その結果,哺乳類の採食記録のある植物を含む174種(49.9%)でタンニンが検出された.哺乳類のタンニンを含む植物資源に対する選択性や生理学的な応答については未だ不明な点が多く,今後哺乳類の詳細な食性研究と共に,植物と消費者間の相互作用に関する生理学的な研究の発展が期待される.
2022年5月11日に佐渡島南西部においてジムグリEuprepiophis conspicillatusの胃内容物からサドトガリネズミSorex shinto sadonisが3個体確認された.本発見は,分布情報をはじめとする生態的な知見が不足している本亜種の新たな生息地を示す重要な報告となった.尚,ジムグリの胃内容物としてトガリネズミ類が発見されたのも初であった.発見場所である佐渡南西部は,先行研究においてその生息が確認されていた大佐渡山地(佐渡北部の山地帯)や小佐渡山地(佐渡南部の山地帯)北東部よりも標高が低い地域であり,植生も大佐渡山地や小佐渡山地北東部の冷温帯林とは異なり,コナラQuercus serrataやヤブツバキCamellia japonicaの優占する温暖な二次林であった.本発見により,サドトガリネズミは300 m程度の二次林でも十分に生息可能であることが示唆された.さらに,今回,齢構成の異なる複数個体が確認されたことから,繁殖可能個体数がその地域に生息していることを示す貴重なデータも同時に得ることができた.
本州と四国に生息するハクビシンPaguma larvataは,先行研究のDNA分析の結果から,台湾から持ち込まれた外来種と考えられているが,日本国内における分布拡大の経緯は未だ不明瞭な点もある.2016年以降に生息が確認されるようになった島根県のハクビシンを対象に,ミトコンドリアDNAのチトクロムb遺伝子領域と制御領域を合わせた1,663 bpを解析したところ,すべての個体から同一のハプロタイプが検出され,既報の四国のハプロタイプと一塩基違いである新規のハプロタイプであった.現時点で,島根県のハクビシンの分布拡大経路特定は難しいものの,今後関西地方以西の本州に生息する個体の遺伝情報を蓄積することで,本種の当該地域における分布拡大経路を解明することが期待される.