マーケティングジャーナル
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
特集論文 / 招待査読論文
ユーザーとの共創によるイノベーション
― Apple Distinguished Educator Programの事例 ―
青木 慶
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2019 年 39 巻 2 号 p. 22-35

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Abstract

本稿の目的は,企業とユーザーの価値共創のさらなる発展に向けて,ユーザーの参画およびアイデア共有を促す,有効なインセンティブを明らかにすることである。Appleが運営する教育者のユーザーコミュニティを事例研究の対象とし,17名のコミュニティメンバーにインタビュー調査を行った。その結果,単なるユーザーではなく,有用なイノベーションを行う可能性の高い「リードユーザー」を組織化することで,コミュニティ自体が有効なインセンティブとして機能しうることが示された。Appleではコミュニティメンバーに外発的・内発的なアプローチを行い,コミュニティにおける活動を活性化し,ユーザーと「教育の革新」という社会的な価値を共創していることが明らかになった。

Translated Abstract

This research aims to explore the effective incentive for user innovators to achieve collective innovation between a company and users. This paper applied in-depth interviews for 17 participants of a user community that is organized by Apple and specific to education. As a result, the participants clearly showed the characteristics of lead users, and the connection with other lead users was the most effective incentive for participation within the community. The firm motivated the participants both extrinsically and intrinsically and activated the community. They achieved collective innovations in education and consequently, contributed to society.

I. はじめに

本稿の目的は,企業とユーザーの価値共創のさらなる発展に向けて,有効な示唆を得ることである。Prahalad and Ramaswamy(2000)は,消費者を単なる価値の受け手としてではなく,共に価値を創り出すパートナーと位置づけて価値共創の概念を提示した。彼らは顧客の体験に焦点を当てて,それを企業と顧客が共創することで体験がパーソナライズされて,企業の競争優位の源泉になることを指摘する(e.g., Prahalad & Ramaswamy, 2003, 2004a, 2004b)。これに対して本稿では,顧客体験のみならず,企業とユーザーの共創によるイノベーションから,新しい製品やサービス自体を生み出す事象に焦点を当てる。

情報通信技術の発展に伴い,企業はユーザーと容易に接点を持てるようになった。既に多くの企業が,商品開発からイベントなどを通じたブランド体験の共創まで,多岐にわたるユーザーとの共創に取り組んでいる。なぜ企業は共創に取り組むのか。その目的は企業ごとに異なるが,企業が共創の成果として期待することは,主に以下の3つに大別できる。

① 革新的なアイデアの創出(e.g., Nishikawa, Schreier, & Ogawa, 2013; Ogawa & Piller, 2006

② 顧客のロイヤルティ向上(e.g., Franke, Schreie, & Kaiser, 2010; Fuchs, Prandelli, & Schreier, 2010; Fuchs & Schreier, 2011

③ 話題性や興味を喚起するなどのPR効果(e.g., Fuchs & Schreier, 2011; Nishikawa, Schreier, Fuchs, & Ogawa, 2017

これらは独立的ではなく,時に重なり合って効果をもたらす(図1)。

図1

消費者との共創に期待される効果

本稿は特に①の効果に焦点を当てるものであるが,この分野の先駆者である無印良品やレゴでは,2000年代初頭からユーザーとの共創による商品開発を取り入れており,先行研究において,段階的にその効果が検証されてきた。例えば無印良品に関して,Ogawa and Piller(2006)は,ユーザーコミュニティが多様なアイデアのリソースとして有効であることや,そこで商品を開発し予約購入制度を取ることで,企業が新製品の失敗のリスクを軽減できることを指摘した。Nishikawa, Schreier, and Ogawa(2013)は無印良品の販売データを用いて,ユーザーコミュニティ発の商品が,一般的な開発プロセスを経た商品より,売上・利益ともに高い成果を上げていることを示した。さらにNishikawa et al.(2017)は,ユーザーにより開発された商品であることの訴求の有無で店頭での比較実験を行い,訴求した場合には売上が20%程度向上することを明らかにしている。つまり,ユーザーとの共創に関して,商品自体の優位性のみならず,それを訴求することによるPR効果が検証された。

なお,ユーザーからアイデアを引き出すことは実は容易ではない。Antorini, Muñiz, and Askildsen(2012)は,レゴのコミュニティを長期的に観察することで,コミュニティメンバーのモチベーションとして,レゴへの愛着心の他に,コミュニティへの帰属意識や他のメンバーとの関係性,レゴの製品開発者とのコンタクトなどを挙げ,その多面性を指摘した。

また,Jensen, Hienerth, and Lettl(2014)は,116人のユーザー・デザイナーによる1,799のレゴのデザインについて比較分析を行い,商品的に魅力度の高いアイデアを考案するユーザーの特徴を,企業側の観点から明らかにした。例えばデザインの複雑さ(使用ブロック数),ユーザー・デザイナーの活動の強度(アイデア投稿数)は商品的魅力度とU字型カーブの関係性にあり,コミュニティからのポジティブなフィードバックの有無と商品的魅力度には正の関係性があるという。彼らの調査は,ユーザーから投稿される多数のアイデアから,商品化する案を企業が選択する際の手間を軽減させることを目的としているが,アイデアそのものではなく,発案者に焦点を当てている点が特徴的である。

企業とユーザーとの共創は未だ発展途上にあり,企業が共創から成果を得るためには,幾つかの課題を克服する必要がある。特に,共創から革新的なアイデアを創出しようとする場合,優れたアイデアを持つユーザーの参画を促すことが最初の課題である。というのも,例えば,個人が市販の製品やサービスを改良したり,用途を変革することで,自分自身の問題解決を図るという行為はそう珍しいことではない。だが,たとえそのアイデアが,他の人にも役に立つものであったとしても,多くの人に普及することは稀である。なぜなら,当人は自分自身の問題を解決した時点で,十分な便益を得ており,それを普及させるには至らないケースがほとんどであるからだ。ユーザーイノベーション研究では,これを「市場の失敗」という言葉で説明している(de Jong, von Hippel, Gault, Kuusisto, & Raasch, 2015; von Hippel, DeMonaco, & de Jong, 2017)。社会に価値をもたらし得るアイデアが,個人の範疇にとどまってしまうことは社会的な損失でもあるといえよう。本稿は,この問題意識に対して示唆を得ることを目指す。

II. 先行研究レビュー

1. ユーザーイノベーションの普及における市場の失敗

ユーザーイノベーションとは,企業のみならず,製品やサービスの使い手であるユーザー自身もイノベーションの担い手になることを指す(von Hippel, 1976)。当初は,ユーザー企業によるイノベーションを対象としていたが,近年は,企業ではない,個人によるイノベーションに軸足が置かれている(e.g., von Hippel, 2005)。本稿でも,後者に焦点を当てて議論を進める。

ユーザーによるイノベーションは,何らかの問題を解決するところから始まる。例えば1970年代初頭,自転車は舗装されていないオフロードを走行するには適さないものであった。そこで若いサイクリストらがバイク用の部品などを使って,自分たちで組み立てて,オフロードでの走行に耐える自転車を開発したのがマウンテンバイクの始まりである(von Hippel, 2005)。また1987年当時,ウィンドサーフィンのボードは,ジャンプをすると空中で足がボードから離れてしまうものであった。そこであるユーザーが,フットストラップをボードに取り付けて問題を解消し,瞬く間にこのサーフボードが普及した(von Hippel, 2005)。つまり,ユーザーによるイノベーションが自分たち(サイクリストやサーファー)の抱える問題を解決した。この例が示すように,本稿ではユーザーイノベーションを,「ユーザーが市場にないものを開発して,自らの抱える問題を解決すること」と捉える。

ユーザーイノベーターは,イノベーションのアウトプットそのものから得る便益に加えて,イノベーションのプロセス自体からも,楽しさ,学び,ユーザーコミュニティでのステータスなどの便益を得ている。この点が,仕事としてイノベーションに携わる企業イノベーターと大きく異なる点である。そして,もしそのユーザーイノベーションが,企業に採用されることなどにより経済的価値を創出すれば,彼らは余暇など労働時間以外の時間を使って経済的な価値を生み出したことになる。つまり,相対的に便益が大きく(イノベーションのアウトプット+プロセス),コストが低い(労働時間を使用していない)ことから,企業の採用などによるユーザーイノベーションの普及は,社会の全体最適を実現することが指摘されてきた(Gambardella, Raasch, & von Hippel, 2016; Raasch & von Hippel, 2015)。だが,多くのユーザーイノベーションは,ユーザー自身とその周辺にとどまる。なぜなら,それを普及させるためには,ベンチャー企業などへのアイデアの売り込み,あるいは自らの起業による商品化など,イノベーター自身の労力が求められる。ところが,その労力に見合ったインセンティブが市場から得られないために,彼らの多くが無料公開に終始する。結果的に,ユーザーイノベーションはイノベーターの仲間内にとどまる。von Hippelらは,これを「市場の失敗」だと指摘する(de Jong et al., 2015; von Hippel et al., 2017)。彼らは,社会的に有用性の高いイノベーションが普及しないことは社会としての損失であり,適切なインセンティブの付与によるユーザーイノベーションの普及の必要性を示唆している。本稿では,このユーザーイノベーションの普及に対する有効なインセンティブについて,探索的に明らかにする。

2. イノベーションコミュニティとリードユーザー

ユーザーイノベーションの普及に,重要な役割を果たすのが,コミュニティの存在である。そもそもユーザーイノベーターの割合は,全人口の5%前後であり(von Hippel, Ogawa, & de Jong, 20111),それぞれの持つ粘着性の高い情報2)を元に個々にイノベーションを実施している。その分散化したプロセスを統合するのにイノベーションコミュニティが重要な役割を果たす(von Hippel, 2005)。Baldwin, Hienerth, and von Hippel(2006)は,商業化されて,普及したユーザーイノベーションは,発案者が早い段階でコミュニティに合流し,アイデアをブラッシュアップしていることを明らかにしている。Ogawa and Pongtanalert(2013)は,コミュニティに参加しているユーザーイノベーターが,コミュニティ内でフィードバックをもらうことで,企業から採用されやすくなっていることを実証的に示した。

また,ユーザーイノベーターの中に,リードユーザーとされる人たちが存在する。彼らは,

①市場の最先端にいて強いニーズを持つ

②そのニーズが満たされれば高い効用を得られるため,イノベーションを起こす

という特徴を持つ(von Hippel, 1986, 2005)。ユーザーイノベーションの中でも,リードユーザーによるものは,商業的に魅力度の高いイノベーションであることが指摘されている(Franke, von Hippel, & Schreier, 2006; von Hippel, 2005)。そしてHienerth and Lettl(2011)は,コミュニティには,リードユーザーのアイデアに有効なフィードバックを与えて一般化を助長し,テスターとしての役割や,イノベーションをコミュニティ内外に拡散する役割があるとしている。

企業がユーザーイノベーターと協業するには,コミュニティを介することが現実的であろう。本稿では,どのようにこれを実現すべきかについて,検討する。先行研究では,個人的なニーズが満たされること,他者からのフィードバック,そして楽しさが,コミュニティ参加者の主なモチベーションとして議論されてきた(Antorini et al., 2012; Füller, 2010; Janzik & Raasch, 2011)。Shah(2006)はオープンソース・ソフトウェア(OSS)のコミュニティ参加者が,最初は何かしらの問題を抱えて,それを解決する必要性にかられて参加するものの,時間を経て趣味的な参加,つまり問題解決のニーズがなくとも参加するようになることを明らかにした。Janzik and Raasch(2011)は,有形製品(玩具)を共創するオンラインコミュニティのデータを用いて,そこでは個人的なニーズを満たすことより,楽しさが参加者にとって重要であることを実証的に示した。

OSSのコミュニティのようにユーザーが自発的に集うコミュニティと,企業が主導するコミュニティとでは,参加者のモチベーションが異なる。前者では,必要性にかられたユーザーが,自らのニーズを満たすためにコミュニティを訪れるのに対して,後者ではJanzik and Raasch(2011)の調査結果が示すように,参加者のモチベーションはニーズを満たすことではない。つまり,企業は楽しさを提供するなど,何らかの動機づけを行わなければならない。先行研究で,一部の参加者には金銭的なインセンティブが有効であることも示されているものの(Antorini et al., 2012; Aoki, 2016; Füller, 2010),Aoki(2017)は,それのみで共創の質を向上させることの困難性を指摘する。本稿では,企業の主導するコミュニティにおいて,ユーザーの参加を促し,さらに彼らからアイデアを引き出すインセンティブに焦点を当てる。

III. Apple Distinguished Educator Program

本稿ではAppleが運営する,Apple Distinguished Educator(以下,ADE)Programの事例研究を通じて,「ユーザーイノベーションの普及における市場の失敗」を解決するインセンティブという研究課題への示唆を得る。ADEのコミュニティでは,メンバーが自発的にイノベーティブなアイデアを持ち寄り,コミュニティでさらなるブラッシュアップを図り,イノベーションを創発するという取り組みを四半世紀にわたり継続している。コミュニティメンバーの自発性や活動の継続性という観点から,本研究に有用な示唆を与え得ると判断された。以下にケース概要を詳述し,ケース選定の事由を明らかにする。

1. コミュニティの概要

本プログラムは,Apple公式の教育者に特化したユーザーコミュニティである。1994年に,Appleのテクノロジーを活用して教育現場の変革に努める初等,中等,高等教育分野の教育者を対象に創設された。2019年現在,世界45カ国に,2,447人のメンバーがいる3)。コミュニティに参加するためには,2年に1回の新規メンバー募集時に,自分がいかに革新的な教育者であるかをアピールする2分間の動画を提出して,審査を通過する必要がある。また,一度ADEに認定されたとしても,毎年開催される,グローバルなミーティングに参加する際には,やはり同様の審査を受ける。詳細は後述するが,このミーティングでは,世界各地からの参加者が一同に会し,数日間,自身の実践したアイデアを共有したり,グループで与えられた課題(最新のアプリケーションの活用することが所与)に対するアウトプットを作り上げたりする。このように,ADEは常に革新的な教育者であり続けること,さらに自分たちのイノベーションを,世界に共有することを求められる4)

2. ADEコミュニティ発のイノベーション

ここで,ADEのコミュニティから生み出された,イノベーションの事例を紹介する5)

内田考洋氏は,埼玉県の特別支援学校の教員である。2015年にADEに認定された。内田氏は,肢体不自由のある生徒たちの感情表現を手助けするツールとして,テクノロジーを教育に取り入れてきた。最初の取り組みは,身体を動かせないがゆえに,感情を外に表現することが難しい生徒のために,試行錯誤の上,100円ショップで購入した素材などを組み合わせて,わずかな手の動きでも反応するスイッチを手作りしたことであった。生徒がそれを押すと,好きな音楽や慣れ親しんだ教員の声が聞こえる。さらにスイッチをiPadに接続することで,生徒が自分で電子書籍のページをめくれるようにした。このように,受け身ではなく,自分から主体的にできることが増えることで,生徒の表情が生き生きとしてきたという。

さらに内田氏は,人は外界からの刺激に注意を向けたり能動的に受け止めたりする際に,一瞬心拍数が下がり,それに反応しようとすると心拍数が上がるという研究結果に着目し,明確な表出が難しい生徒の感情の動きを,心拍数から読み取ることに取り組んできた。どんな働きかけをすると生徒が能動的になるのかが分かれば,それに沿う教育内容を展開することができる。内田氏は,授業中の活動内容と,生徒の心拍数の変化のグラフ化を試みた。iPadとiPhoneを使って,生徒の様子と心拍計の動きをそれぞれ動画で記録し,各動画を1秒ごとに停止して,活動内容と心拍数を書き留めていくという作業を行った。そうすると研究結果と同様に,生徒の心拍数が興味や集中に応じて変化することが明らかになった。さらに内田氏は,その時期に発売されたApple Watchを生徒に装着し,心拍数の計測と動画撮影を継続した。

2016年の夏,内田氏がADEのグローバルなミーティング(Apple Distinguished Educators Global Institute)でこの取り組みについて発表したところ,アメリカのADE,Georgia大学教員のJim Moore氏が興味を持ち,アプリ開発の援助を申し出てくれた。このプロジェクトに日本人ADEである箱根かおり氏も協力し,帰国後もメールでやり取りが続けられた。年末に内田氏が理想のアプリをスケッチにして送ると,Moore氏はそれを手にGeorgia大学内のNew Media Instituteを訪れ,そこで学ぶ学生Joe Reisiglさんがアプリの開発を引き受けてくれることになった。そうして,内田氏のスケッチが具現化される形でApple Watchを装着した生徒のリアルタイムの心拍数と,一定期間の変動を示したグラフ,カメラで撮影した生徒の様子をiPad上で表示・記録できるアプリ「iPad Heart Rate」が完成した。2018年現在,これを他の人にも使いやすい形にできないかを検討中だという。

IV. 調査方法

本稿ではADEのコミュニティの事例を通じて,アイデア考案者は,なぜコミュニティに参加・貢献するのかについて検討する。ADEのコミュニティは,単なるユーザーコミュニティではなく,ユーザーとの共創を基盤としたイノベーションコミュニティである。コミュニティメンバーは,進んでイノベーティブなアイデアを持ち寄る。全てのADEがユーザーイノベーターであるとは限らないものの,例えば内田氏の手作りのスイッチ教材のように,ユーザーイノベーションの定義に該当するものもある。そして「iPad Heart Rate」の開発のように,ADE同士が協力し合ってイノベーションを行うケースもある。通常,イノベーター当人への粘着性が高い情報が,コミュニティに自発的に持ち寄られ,そこからさらにメンバー間の共創を通じてイノベーションの質のブラッシュアップが図られる。当コミュニティの参加者のモチベーションを明らかにすることは,「ユーザーイノベーションの普及における市場の失敗」という本稿の問題意識に対して,有用な示唆を与えうると判断された。本稿ではADEを対象にデプス・インタビューを実施することで,コミュニティ参加者のモチベーションについて明らかにし,企業とユーザーの共創のあり方について検討する。

1. サンプル

インタビュイーは,所属する教育機関とADEとしての経験年数の多様性を確保しながら,理論的飽和に達する時点まで収集し,最終的に17人のADEへのインタビューを実施した6)。インタビュイーの所属は大学(4名),特別支援学校(4名),高等学校(3名),中学校(3名),小学校(2名),インターナショナルスクール(1名),ADE経験年数は最短で1年,最長で8年であった7)

2. インタビュー概要

インタビューは半構造化の形式を取り,2つのパートから成る。前段ではADEに認定される前のインタビュイーの教育内容,Appleに対する考え方,ADEに応募したきっかけについて質問した。後段は,ADEに認定されてからの,教育内容やAppleに対する考え方への変化の有無,ADEであることのメリット・デメリットについて質問した。インタビュー時間は最短30分,最長90分,平均49分であった。

3. 分析方法

分析方法は,グラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)を用いた。GTAは,ある現象についてのスタート時点と帰結の間に起こる,変化のプロセスに焦点を当てて,普遍性の高い理論を構築するための研究法である(Saiki, 2016)。複数パターンのプロセスを検討することによって,理論を構築するという方法は,問いに対する答えを探索的に追究するという本研究の主旨に合致するものである。

GTAの手順はいくつか存在するが,本稿では,GTAの提唱者であるStrauss and Corbin(2014)が提示する手順を参照した8)。以下のプロセスを経て,「企業とユーザーの価値共創」(3次カテゴリー)を促す要因について探索的に明らかにする。

① オープン・コーディング:テキスト化したインタビューデータを切片化し,プロパティ(特性)とディメンション(次元)を書き出す。その内容を具体的に表す,ラベル名を付与(0次カテゴリーの抽出)。この作業を,インタビューを実施する毎に繰り返す。都度,カテゴリーの追加や見直しを行い,推敲を重ねて理論を構築する。

② アクシャル(軸足)・コーディング:①)のカテゴリーで関連性の高いもの同士をまとめて,上位概念(1次カテゴリー)を抽出。

③ セレクティブ(選択的)・コーディング:②)のカテゴリーで関連性の高いものをまとめて,抽象化する上位概念(2次カテゴリー)を抽出。

なお,GTA分析にはQDA(Qualitative Data Analysis)ソフト,NVivoを用いた。

V. 調査結果

まず,各インタビューのテキストデータを対象にオープン・コーディングを行い,20の0次カテゴリーを抽出した。続いて,アクシャル・コーディング,セレクティブ・コーディングの手順を踏んで,関連性の高いカテゴリーを集約して,何がインセンティブとして機能しているのかという観点から上位概念である1次カテゴリー(3カテゴリー),2次カテゴリー(2カテゴリー)を抽出し,「企業とユーザーの価値共創」(3次カテゴリー)の実現へと集約した。調査結果の記述は,20の0次概念について詳述し,どのようにその上位概念をラベリングしたのかを詳述する形で以下に述べる。

1. 課題に対する優れた解決策の発見

各インタビューは,インタビュイーのApple製品の使用歴や,使用のきっかけについての質問から始められた。そこで17名のインタビュイーの中には,1980年代・90年代からApple製品を使用してきた人(同0-1)と使用歴の浅い人(表1中の0-2)の両者が存在することが分かった。後者は,勤務先で教育にテクノロジーを導入することが所与となっており,それを駆使しなければならなかったという人たちである。これに関連して,職場環境に関する言及(同0-3)が聞かれた。

表1

インタビューデータのGTAによるコーディング結果

「当時,iPadもiPod touchも知らなかったが,学校に導入されることで初めて知ることになった。指で押すだけで,インターネットや画像を見ることができ,すごいことだと思った」

インタビュイーは全員が,ADE応募時に「独自の教育を実践してきた」という何らかのアピール材料を持ち合わせていたことになる。その背景には,それぞれに,既存の教育では解決しがたい,教育上の課題(同0-4)を抱えていたことが,インタビューを通じて明らかになった。

「インターナショナルスクールは,外部との交流も乏しく,孤立しがちである」

「肢体不自由特別支援学校に勤務することになり,比較的障害の重い子供の指導に悩んでいた」

現象は全く異なるものの,根本的な課題解決策を切望していた点で共通する。

また半数近くの者が,勤務先にテクノロジーを導入する際の責任者を経験していた(同0-5)。ここで注目したいのは,インタビュイーらが「市場の最先端にいて強いニーズを持つ」というリードユーザーの特徴を持ち合わせている点である(von Hippel, 1986, 2005)。自発的にいち早く教育にテクノロジーを導入していた者,勤務先に導入する責任者だった者など,複数のパターンが存在するものの,いずれも市場の最先端にいる点で共通する。また彼らが解決すべき課題を抱えていたことは,強いニーズを持ち合わせていたことを意味する。さらに彼らは「そのニーズが満たされれば高い効用を得られる」点でもリードユーザーの定義に合致する(von Hippel, 1986, 2005)。

そして,ADEに応募したきっかけは,Appleから勧められて応募に至った人(0-6)と,自発的に応募した人(同0-7)に分かれた。両者ともに,応募時には自らの実践してきた教育内容の独自性をアピールする動画をAppleに提出する。だが,Appleは必ずしもこの時点で初めて,アイデアを共有されるわけではない。インタビュイーらからは,例えば,同社のスタッフが定期的に特定の学校に足を運んで,教員らと意見交換の機会を持っていたというエピソードや,1ヶ月以上学校内に席を構えて,教育現場を観察していたというエピソードが聞かれた。つまり,AppleはADE候補者の教育内容を熟知した上で,応募を勧めていたということになる。なお,Appleからの勧めで応募したからといって,必ずしも認定される保証はない。というのもADE認定は米国本社によるものであり,推薦者と考課者が異なるためである。

インタビュイーらは共通して,競合製品も試用した上でApple製品の特長を認めて,教育に導入していた(同0-8)。

「(iPadは)研究がてら自分で使ってみて,とても良いものだと思った。Windowsのタブレットも同時期に購入して持っていたが,比較してiPadがいいと思った。自分で使うにはWindowsでもよかったが,子供たちが使うのに使いやすいと思った」

実際に教育に導入した結果,Apple製品が教育上の「課題解決ツール」として優れていたこと(同0-9),具体的なアウトプット(同0-10),商品特長(同0-11)が語られた。

「特にiPadは教育上,優れている。子供達にiAppsやiMovieを使わせることは,創造性を育むのに良い。動画作成をさせたり,ガレッジバンドで音楽を作ったり。創造的な活動が,より手軽になった」

「漢字が嫌いだという子も,iPadだと調べてみようというスタンスに変わり,漢字検定を受けてみようかななどという声も聞かれるようになった」

インタビューを通じて,ADEは高いニーズ(解決すべき課題)を持ち合わせており,それを解決することに高く動機付けられていることが明らかになった。そして,Apple製品の導入がひとつの解決方法であり,さらなる解決策を得ることへの期待からADEへの応募に至ったと見ることができる。そして,実際に教育に導入した結果,Apple製品は優れた課題解決ツールとして役割を果たした。よって,0-1~0-11(表1)の0次カテゴリーを集約する1次カテゴリーには,「課題解決への高いニーズ」(同1-1a)とその「優れた解決策の発見」(同1-1b)というラベル名を付与した。またADEのコミュニティは,単なるユーザーコミュニティではなく,Appleが意図的にリードユーザーを集結させたコミュニティであることが浮かび上がってきた。

2. 知的好奇心の充足

インタビュイーらはADEになる前から,独自の教育を実践する者として,取材や講演の依頼を受けたり,外部の研究機関に出向して独自の教育を追究する機会を得たりしていた(表1中0-12)。

「長期研修で,1年間大学で研究する機会を得た」

「それ以前から,PPTで学習したりすることはあったが,Apple製品に触れて,『(教育が)大きく変わる』『この時代が来る』と思った。そこで,県の教育センターに1年行かせてもらった」

先述の通り,彼らは市場の最先端にいる教育者である。そんな彼らはADEのコミュニティに参加することで,さらに知的好奇心を刺激された(同0-13)という。

「世界観が広がる。(それ以前は)仕事で海外に行くことはなかった。(ADEになって)海外の教育を知れるようになった」

「ADEの研修でいろんな人と会うことで,教育の質が変容した。さらに上がったと思う。ADEは,Appleに認定された人だけのコミュニティで,提供される研修の質がとても高い」

そして,Appleの主催するグローバルなミーティング9)への参加(同0-14)が,ADEに大きな影響をもたらしていた。1年目のADEは,ここに参加することで,正式にADEとして認定される。新メンバーはここで,Appleから「ADEとは」という薫陶を受けると同時に,他のADEと交流することでADEのコミュニティが一流の集団であることを意識づけられるという(同0-15)。

「自校の活動を3分間で紹介した。先進的だと自負していたが,逆に(日本の)他の学校ではそんなこともやっていないのか?という反応だった」

「国内だと,今の活動がもてはやされるが,世界レベルでは,当たり前の活動だったりする。自分の甘さを思い知る」

2年目以降にこのミーティングに参加するためには,既述の通りADE応募時と同様に審査を通過しなければならない。さらに,その中で選ばれた参加者が,自分の実践する教育についてプレゼンテーションする機会を与えられる。また,ミーティングでは参加者に,Appleから最新のアプリケーションの情報などを与えられると同時に,それをどう活用するのかという課題が与えられる。多国籍な小グループに分かれて,限られた時間内に成果を出す。時には帰国後もプロジェクトを継続することがある。ADEは常に成果を出さなければならないプレッシャーを与えられる(同0-16)。

「次のInstituteの審査基準になるから,何かしらアウトプットをださないといけない」

「常にアップデートしていなければならないという,ストレスがある」

以上のことから,0-12~0-16(表1)の0次カテゴリーを集約する1次カテゴリー(同1-2)には,「知的好奇心の充足」というラベル名を付与した。ADEのコミュニティでは,市場の最先端にいる者同士の交流や情報共有が促され,そこへAppleが最新のツール(アプリケーションなど)を提供し,コミュニティメンバーが互いの強みを発揮し合って,イノベーションを実現する環境がつくられている構図が浮かび上がってきた。ADEのコミュニティは,単なるユーザーの交流の場にとどまらず,そこから価値を創発するイノベーションコミュニティとして機能していた。

3. 同志とのつながり

ほぼ全てのインタビュイーは,一流の教育者とのつながりが,ADEになって得た最大のメリットだと述べた(同0-17)。ADEはAppleの主催するイベント時に限らず,自主的にイベントを開催したり,互いの勤務校を訪問し合ったり,日常的に交流していることが確認された。

「それ以前は,他の学校が何をしているのかわからない状況で,それは良くないと,県のコミュニティを作った。それが,(ADEになることで)日本全国とつながり,さらに世界の色んな人のアイデアが聞けるようになった」

「(ADEのメリットは)ネットワーキング。Appleの持っているネットワーキングを使える点。既に出来上がっているAppleのコミュニティがあり,ADEになればそのファミリーに入れる」

「MLもあるし(中略)Face to Faceのコミュニケーションも多い。ADEカフェ10)には,知り合いを連れて行ったりもできる」

そして,インタビュイーらは,Appleの社員と直接的なつながりを持つことで,同社の掲げる理念への理解(同0-18)およびブランドへの関与(同0-19)を深めていることが示された。

「Appleに関して,特に興味はなかったが,教育理念がしっかりしていることを知った。彼らは『より良い世の中を』という理念を持つ」

「教育に対して,1人1人の子供たちを大事にして,子供たちにフィットする学びというものを大切にする会社だとわかった。それがApple製品のインターフェースに表れていると思った」

「Appleの本社でアクセシビリティ系のデベロッパーらに,現場の声を伝えられるのは大きい。受け身ではなく,一緒に変えていこうというスタンス。これは,ADEでなければ言えないこと」

「自分がWebページにも載せてもらえたりするようになって,他の人に聞かれたら,ちゃんと答えられるようにしないといけないという意識を持つようになった」

その他には,ADEになることで,より中立的な推奨を意識するようになった(同0-20)という発言が聞かれた。この中立性について,全てのインタビュイーが言及している点は注目に値する。

「単に『iPadが好き』で使っているわけではないということを,きちんと伝えられるように気をつけている」

ADEは便益を享受すると同時に,自発的に責任感を醸成させていることが示唆された。

以上を総括して,0-17~0-20(表1)の0次カテゴリーを集約する1次カテゴリー(同1-3)には,「同志とのつながり」というラベル名を付与した。ADEとしての活動を通じて,メンバー間の恒常的な交流がうまれ,さらにそこへAppleとメンバーとのつながりが交差し,各人が強い帰属意識で結びついたコミュニティが醸成されていた。

4. ユーザーとの価値共創の実現へ

ここまでのインタビューデータ(0次カテゴリー)の分析から,3つの1次カテゴリーが抽出され,ADEがコミュニティに参加・貢献するに際に,以下の3点が重要なインセンティブとして働いていることが明らかになった。

① 課題に対する優れた解決策を発見できること(同1−1)

② 知的好奇心が満たされること(同1−2)

③ 志を同じくする者(Appleも含む)とつながりを持てること(同1−3)

これら3つの1次カテゴリーは,①と②③で対照的な構図を描く。①は主にApple製品の機能性を通じて,ADEのニーズを満たしているのに対して,②③は知的好奇心に働きかけて自己実現を促したり,他者とのつながりを促進するなど,ADEの内発性に働きかけるアプローチである。例えば,①の段階では,ADE(もしくはADE候補者)は職場環境など外発的にApple製品の使用を促されることで,課題解決ツールとしての優位性の認識に至る。これに対して②③の段階では,ADEが製品の使用経験から派生して,その機能的価値のみならず感情的価値を享受し,包括的なブランドへの理解へと至る。したがって,①を集約する2次カテゴリー(同2-1)には,「外発的モチベーションの充足」,②③を集約する2次カテゴリー(同2-2)には,「内発的モチベーションの充足」というラベル名を付与した。Appleは状況に応じて,ADE候補者に外発的に働きかけて,コミュニティへの参画を促し,ADEの内発的なモチベーションを満たすことで,コミュニティを醸成させて,「企業とユーザーの価値共創」(3次カテゴリー)を実現していることが示された(図2)。

図2

ADEのコミュニティにおける価値共創の実現までのプロセス

5. 考察

インタビュー調査を通じて,Appleはリードユーザーを組織化して,メンバー間の交流を促すことで,イノベーションを創発しているという構図が浮かび上がってきた。そして,コミュニティの自走性に委ねるだけでなく,Appleも深く関与し,両者による価値共創を実現していた。なお,Appleは様々な機会を提供するものの,直接的にイノベーションのプロセスに関与するわけではない。例えば,前節で紹介した「iPad Heart Rate」に関しても,Appleはサポートするものの,実質的な開発には関与していないという。ただし,内田氏やMoore氏をADEとして認定し,両者が出会う機会を作ったのはAppleである。この,メンバー間のつながりがADEにとって何よりの動機づけであることが,本調査を通じて明らかになった。

なぜメンバー間のつながりが,動機づけとして機能するのか。既述の通り,インタビュイーらはリードユーザーの特徴を持ち合わせていた。彼らにとって,日常的な環境で自分と同水準の知識やモチベーションを持つ仲間を見つけることは,たやすいことではない。ところが,ADEのコミュニティでは,一流の教育者とつながることができ,それによって自らの能力を向上させることができる。インタビュイーらからは,「新しい世界が広がった」という言葉が聞かれた。同時に,彼らは「Appleだから,このつながりを実現できる」という共通理解を示した。

ADEの選択基準は明らかにされていない。だが,17名のADEへのインタビューを通して,彼らの教育内容には,自主性や創造性を育む点,個人のペースで学習を進められる点など,幾つかの共通項が確認された。これらは,どの国のどの教育機関にも適用可能な,普遍性の高いものである。それゆえ,参加者の多様性が確保され,コミュニティとしての価値が向上するという好循環を生んでいるのではないかということが探索的に示された。

VI. 結論とインプリケーション

本稿では,企業とユーザーの価値共創の実現に向けて,ユーザーの参画およびアイデアの共有を促す,有効なインセンティブを明らかにすることを目的に,ADEのコミュニティを対象に調査を進めてきた。その結果,「リードユーザーの交流の場としてのコミュニティ」が,参加者への有効なインセンティブであることが示唆された。ADEのコミュニティでは,メンバー同士が,互いのつながりに大きく動機づけられており,双方向的にアイデアを共有することで,フィードバックやインスピレーションを得て,自分自身の教育内容へと還元していた。つまり,リードユーザーがコミュニティに参加することで,自らの能力を向上させて,さらなるイノベーションを誘発するという構図が浮かび上がってきた。

実務上のインプリケーションとしては,リードユーザーに着目すべき点に加えて,企業側の主導性の重要性が挙げられる。ADEの活動の背景には,Appleの強力なイニシアティブが存在し,コミュニティの自走性に委ねない点が特徴的であるともいえる。Appleは,「教育を革新する」という理念の元,時に自ら教育現場に出向いてリードユーザーを見出し,集結させることで,各メンバーの参加や貢献を動機づけるのに,十分な魅力を兼ね備えたコミュニティを構築していた。メンバーらは,既に所属する教育機関や地域では中心的な存在であることが多く,同じ教育分野でのつながりを持ち合わせている。だが,異なる分野(例えば,大学と特別支援学校など),さらに海外の教育者と交流する機会は希少である。Appleというグローバル企業ならではのネットワークを提供することが,コミュニティメンバーに対する重要なインセンティブとして機能していた。

では,Appleがコミュニティの運営に資源を投じるインセンティブとは何か。ADEのコミュニティは,新たなテクノロジーをテストし,リードユーザーからフィードバックを得る場として有用である。さらに,各ADEがAppleのテクノロジーを用いた教育を実践することは,製品やサービスへの需要を創造することになり,間接的に経済的価値の創出にも寄与する。だが最も重要なことは,ADEが,Appleが創業時から掲げてきた「教育の革新」という理念の最終的な実行者である点であろう。というのも,最終的にAppleが直接教育を行うわけではないため,その理念を実現してくれる優れたパートナーの存在が必要不可欠だからである。ADEのコミュニティでは,企業・ユーザーの双方が互いを補足し,「教育の質の向上」という価値共創を実現していた。

クラウドソーシングやクラウドファンディング,シェアリングエコノミーの発展に伴い,個人が価値創出のプロセスに参画すること自体への障壁は低くなった。だがこれらは同時に,個人が企業を介さずとも自らのアイデアを具現化したり,販売する手立てを得たことを意味する。企業は,ユーザーが企業との共創に参画する意義について改めて問うべき状況に置かれている。ADEの事例は,これに対して重要な示唆を与えてくれる。AppleがADEの活動目的を,経済的価値ではなく,教育の変革という社会的価値の創出に置いていることが,価値共創の実現に大きく寄与していると見てよいだろう。例えば,本稿で紹介した「iPad Heart Rate」の開発は,現時点でAppleに直接的に経済的利益をもたらすものではない。だが,ある1人の生徒の教育,あるいは生活の質を確実に向上させるものである。17人のADEのインタビューを通じて,そのような事例が複数確認された。仮にAppleが自社の経済的価値の拡大を目的とする場合,相反的にユーザーの経済的負担が拡大することを意味する。その場合,ADEの全面的な協力を得ることは難しいであろう。現に多くのインタビュイーが,Apple偏重ではなく,中立的な立場でいることを心がけていること,そして教育の質を向上させることが最優先であることに言及した。また,Appleとは一切の経済的な利害関係(製品の売り込み・値引きなどのサービス)がないことについても言及があった。価値共創の目的が社会的意義を有するものであるゆえに,持続的な共創関係が構築できているといえよう。近年,企業は経済的価値の創出に加えて,社会的責任を担うことが求められる。多くの企業がその方法について模索している段階にあるが,ユーザーとの共創はひとつの方策になりうるのではないか。

本研究の問題意識は,社会に有用なユーザーイノベーションが,個人の範疇に留まりがちである点にあった。先行研究では,その要因として「市場の失敗」,すなわち,個人のイノベーターがそれを普及させる労力に見合ったインセンティブの乏しさが挙げられてきた(de Jong et al., 2015; von Hippel et al., 2017)。これに対して,本稿で「リードユーザーの交流の場としてのコミュニティ」が有効なインセンティブになりうることを示したことが,先行研究に対して提示する新たな知見である。

以上,本稿では「リードユーザーのコミュニティ化」が,ユーザーイノベーターへの有効なインセンティブとして機能しうることを示し,彼らと企業の共創活動が,社会的な価値の創出と親和性が高いことを示唆した。だが,本稿で得られた知見は,限られた事例内における検証結果である。かつコミュニティ参加者の視点から得られた知見であり,インセンティブを与える側からの検証には至っていない。また,コミュニティメンバーを動機づける要素については,ゲーミフィケーションなどのフレームワークなどを用いると,より実現可能性の高いモデルを構築できることが考えられる。まだ市場に表出していない,リードユーザーの持つ能力を引き出すためのインセンティブについては,多面的に検討を重ねる必要があろう。これらについては,今後の研究課題としたい。

謝辞

本調査を実施するにあたり,多大なるご協力をいただいた,大阪女学院大学・大阪女学院短期大学学長 加藤映子先生,およびADEの先生方に心よりお礼申し上げます。

本研究はJSPS科研費17K04023の助成を受けたものです。

1)  von Hippel et al.(2011)の調査結果によると,ユーザーイノベーターの18歳以上の人口における比率は,英国で6.1%,米国で5.2%,日本で3.7%。

2)  「粘着性」とは,例えばその情報がその人の頭の中にだけあって,それを誰が持っているのかわからないなど,情報利用の困難性を表現する(Ogawa, 2000)。

3)  Apple Webサイト(https://www.apple.com/jp/education/apple-distinguished-educator/)より(2019年3月29日にアクセス)。

4)  例えば,ADEが制作したアプリケーションやデジタル書籍は,無料公開されている。

5)  本項の記載内容は,Mac Fan(2017)Hakone and Uchida(2018)と,内田考洋氏へのインタビュー内容に基づく。

6)  2017年8月から2018年2月に実施。

7)  日本での公募は2011年から。以降,2年に1回のペースで奇数年に募集されている。

8)  日本語のデータの取り扱いについては,Straussの考え方を継承する,Saiki(2016)を併せて参照した。本稿では用語の説明を割愛するが,詳細については,同書を参照されたい。

9)  全体ミーティングが隔年で開催され,それ以外にはエリアごと(米州諸国・アジア太平洋・ヨーロッパ/中東/インド/アフリカ)などでのミーティングが開催される。“Institute”,“Academy”など年によって呼称が異なる。

10)  ADEの自主的な集まり。

青木 慶(あおき けい)

甲南大学マネジメント創造学部准教授 博士(経営学)

大阪大学経済学部卒業後,外資系企業にてマーケティングに携わる。大阪女学院大学専任講師,准教授を経て,2019年より現職。研究テーマは,企業と消費者の価値共創。著書に,『アイデア共創の質を高めるしくみ』クロスメディア・パブリッシング。

References
 
© 2019 The Author(s).
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