マーケティングジャーナル
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マーケティングケース
老舗温泉旅館における外国人旅行者への取り組み
― 兵庫県城崎温泉西村屋 ―
グェン フォン バオ チャウ
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2020 年 39 巻 4 号 p. 77-85

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Abstract

訪日外国人旅行者数は2010年代から増え続けている。中でも兵庫県豊岡市にある城崎温泉は,5年間で外国人旅行者数を36倍増加させることに成功した。このケースはその城崎温泉にある100年以上の歴史を持つ温泉旅館「西村屋」が外国人宿泊者に向けて行っている取り組みについて紹介する。「外国人にも日本人と同じ体験をしてもらう」という考えのもと,施設内の多言語化や外国語人材の確保と育成を積極的に行っている。さらに,モノ消費からコト消費へと外国人旅行者の動向が変わりつつある中,今後も新しい体験を提供できるように試みている。常務取締役の池上桂一郎氏と海外戦略担当のフカイ・コリン氏のインタビューに基づき,城崎の共存共栄精神を維持しながら,差別化を図る西村屋の戦略について見る。

Translated Abstract

Japan saw remarkable growth in the number of international tourists in the 2010s. In Kinosaki, a hot springs town in Toyooka, Hyogo prefecture, the number of international tourists increased 36 times in a span of 5 years. This case will look at Nishimuraya, a ryokan (traditional Japanese-style inn) in Kinosaki with more than 100 years of history, and its efforts to welcome international tourists. With the aim of providing the same experience for Japanese and international customers, Nishimuraya has attempted to become multilingual, as well as recruiting and training staff fluent in English. Moreover, as the preferences of international tourists change from tangible to intangible, Nishimuraya is trying to come up with new experiences to offer. Based on interviews of managing director Keiichiro Ikegami and global marketing chief Colin Fukai, this case shows how Nishimuraya differentiates itself while maintaining the spirit of “coexistence and mutual prosperity” that has long prevailed in Kinosaki.

図1

西村屋本館(2019年10月)

出所:西村屋許可のもと著者撮影

I. はじめに

訪日外国人旅行者は2010年代から急増し,2018年には3,000万人を超えた(Japan National Tourism Organization [JNTO], 2019b)。インバウンドの波を受けに多くの地域が訪日客の誘致に努力を注いでいることは言うまでもない。中でも兵庫県豊岡市にある城崎温泉は,5年間で外国人旅行者数を36倍に増加させた(Ugajin, 2017)。

このケースが取り上げるのは,城崎温泉にある温泉旅館「西村屋」である。城崎温泉の訪日客呼び込み成功により,西村屋も多くの外国人宿泊客を受け入れるようになった。日本人とは異なるニーズを持っている外国人にも,日本の魅力,城崎の魅力を感じてもらうために,西村屋が行っている取り組みについて紹介する。

II. 訪日外国人の増加

World Tourism Organization[UNWTO](2019)によると,国際旅行者到着数は世界経済危機以降増え続け,2018年に14億人を上回った(図2)。この増加は,実質4.4%増の国際観光収入を意味する(UNWTO, 2019)。

図2

世界と日本の旅行者到着数の推移

出所:UNWTO(2019)およびJNTO(2019b)データより著者作成

日本でも2018年の訪日外国人旅行者数が3,119万人を超え(図2),統計開始以来最多を記録した(JNTO, 2019b)。観光地で外国人旅行者を見かけるのも珍しくなくなり,観光業が今後も重要であることは間違いないだろう。

この増加は,2020年に4,000万人の訪日外国人旅行者(Japan Tourism Agency, 2019a)を目標に掲げた日本政府の様々な取り組みの結果である。しかし,外国人旅行者を呼び込めば,日本人向けに作られた観光体制では対応し難い。多くの地方では,外国人旅行者受け入れのための工夫を行っており,今回のケースで取り上げる西村屋がある城崎温泉も例外ではない。

III. 城崎温泉

1. 誕生と発展

Kobe Shimbun Tajima Soukyoku(2005)によると,兵庫県豊岡市にある城崎に温泉が見つかったのは,約1,400年前にコウノトリがこの地の温泉湯で傷を癒やしたのを村人が発見したことから始まったと(p. 8)。一方で,約1,300年前に道智上人が1,000日間修行をし,その功徳で現在「まんだら湯」が湧き出たとも言い伝えられている(p. 15)。

そうして始まった城崎温泉は,江戸時代に入ると複数の旅館が出来,明治時代には維新の巡視や日露戦争の療養,1909年の鉄道開通などをきっかけに多くの湯客で賑わった(p. 92, pp. 125–126)。明治時代から大正時代にかけては,20年で来客数が約20倍増加し,湯客のために多数の料理店や娯楽施設が作られた(pp. 139–140)。

しかし,1925年には但馬大震災により町が全焼してしまった(p. 147)。町を復興に導いたのは,当時の町長の「西村屋」4代目の西村佐兵衛だった。彼の主導のもと,木造建築物の間鉄筋コンクリートの建物を配置する防火対策,道路拡幅や水害防止対策等が行われた。スキー場開設と積極的な宣伝なども進めた結果,宿泊客が徐々に回復した(p. 162)。第2次世界大戦後には,高度経済成長期の団体旅行客の対応のため大型ホテルが登場し始めた(pp. 204–208)。高度経済成長期後は団体旅行客の数が減ったが,現在は国内個人旅行客だけでなく訪日客にも人気を集めている。

2. 外国人旅行者の誘致

2010年代から急増し始めた外国人旅行者だが,そのうち約8割は東京都と大阪府を訪問し,兵庫県を訪問する割合は5.5%である(JNTO, 2018)。城崎温泉のみに対象を絞れば,その割合はさらに低くなるだろう。しかし,増加率で見ると,城崎温泉の外国人宿泊客数は2016年までの5年間で36倍も増加し(Ugajin, 2017),2018年には4万4千人弱の外国人宿泊者数を記録した(Toyooka Tourism Innovation, 2019)。

実際,温泉入浴は訪日外国人旅行者に人気の体験である。Japan Tourism Agency(2019c)の調査では,日本滞在中に温泉入浴を体験したいと答えた外国人旅行者は約30%,今後体験したいと答えた人は40%弱だった。

しかし,関西地方だけでも城崎温泉の強い競合がある。第32回「にっぽんの温泉100選」でトップ50に入った関西圏の温泉地は城崎以外に兵庫県有馬温泉と和歌山県白浜温泉がある(Kanko Keizai Shimbun, 2018)。有馬温泉は大阪から約1時間,京都から約1時間半とアクセスが比較的便利で,城崎温泉より4位上の6位に選ばれた。一方,2018年の白浜温泉・椿温泉の外国人宿泊客数は約9万6千人,欧米豪からの旅行者は増加傾向にある(Wakayama Prefecture Tourism Exchange Division, 2018)。

強い競合の存在に関わらず城崎温泉の外国人宿泊客が急増したのはなぜなのか。

城崎温泉の宿泊施設の多くは家族経営の中小規模な旅館で,団体客へ対応しがたい。その状況の中,城崎温泉はあえて個人旅行者が多い欧米豪客をターゲットにした。インバウンド急増の2010年代直前に城崎温泉は旅行ガイドブックLonely Planetで紹介され,フランスのガイドブックMichelinから2つ星を獲得し,欧米豪客への認知度が広まり始めていた(Ugajin, 2017)。

その需要を見込み,城崎温泉がある豊岡市の観光イノベーション団体は英語とフランス語の宿泊予約サイト“Visit Kinosaki”,城崎観光協会も情報提供サイトを設立した。城崎温泉にアクセスしやすく,外国人旅行者が多い京都での紹介パンフレットの配布も行われた(Ugajin, 2017)。2015年には兵庫県が観光万博Milano Expo,豊岡市がロンドンの観光見本市World Travel Marketに参加し,魅力を世界へ発信した(Hyogo Prefectural Government, 2015; Japan Spotlight, 2017)。

努力の成果が実り,多くの外国人が城崎を訪れるようになった。2018年の城崎温泉の外国人宿泊者数内訳を見ると,欧米豪客1)が年間平均で32.5%を占めている(Toyooka Tourism Innovation, 2019)。同年の日本全国の欧米豪客の割合が11.6%だったため(JNTO, 2019a),その約3倍ということになる。特に第2四半期と第3四半期の割合は40%を上回り,欧米豪客でオフシーズンを平準化している(Toyooka Tourism Innovation, 2019)。近年は海外メディアでも度々紹介され,今後も伸びが期待される。

IV. 西村屋

ここからは主に,西村屋常務取締役の池上桂一郎氏と海外戦略担当のフカイ・コリン氏のインタビュー(2019年9月28日)を元に,西村屋の歴史と外国人旅行者に向けた取り組みを紹介する。

1. 歴史

旅館「西村屋」は安政年間最後の年(1860年)に陣屋を譲り受けて旅館として運営を始めた。2015年には,本館の玄関門,宴会場,平田館が登録有形文化財に指定された。宴会場は釘を一切使わない組木の方法で建てられ,平田館は数寄屋造り名工・平田雅哉が建てたことで有名である。また,本館にある「松の間」というスイート・ルームは,部屋の入口前の壁に中庭の松の木漏れ日がさすことからこの名がつけられた。あらゆる場所に伝統と和の情緒が漂う旅館となっている。

西村屋は城崎温泉の西側に「招月庭」と呼ばれる98部屋の宿泊施設も持っている。高度経済成長期,20室前後の家族経営旅館が多い城崎温泉は団体客に対応しきれていなかった。そのため1970年,西村屋5代目の時に鉄筋コンクリートの「城崎グランドホテル」が建築された。当時はロビーが洋風,客室は和室と和洋式の宿泊施設だった。1990年,西村屋6代目の時代に入ると,団体客が減ったため個人客がくつろげるよう和風デザインに変わった。名前も「城崎グランドホテル」から「招月庭」になり,伝統的な雰囲気になった。2017年には耐震工事も兼ねてリニューアルが行われた。城崎内でこの規模の宿泊施設は現在でも招月庭と大江戸温泉の2つぐらいで,招月庭だけで城崎温泉の約2割のキャパシティを持っているという。

2019年4月には,本館の隣に新施設「さんぽう西村屋本店」が誕生した。「さんぽう」という名前は,「三方良し」の精神の他,温泉地の守り神である三宝荒神の意味も含まれている。1階にギフトショップと和食ダイニング,2階にラウンジが設置されている。

城崎温泉がLonely Planetに“Best Onsen Town”として掲載された際,西村屋本館も“Best Onsen Ryokan”に認定された。さらに本館は2016年に,一流のホテルとレストランのフランス発非営利会員組織Relais & Chateauxに加盟した。本団体への加盟が「一流」の証となる理由は,その厳格な審査基準にある。宿泊施設は加盟申請後,Relais & Chateauxの公式及び覆面審査員による300以上の基準で評価を受け,審査委員と会長のインタビュー,理事会での検討をくぐり抜けなければならない(Gibson, 2018)。加盟後も最低3年間に1度の品質審査や四半期ごとの報告書などを通し定期的な審査が行われ,品質が基準未満だと判断された場合は協会から除名される(Gibson, 2018)。執筆時点,日本の宿泊施設でこのような高い品質条件をクリアし,Relais & Chateauxメンバーに認定されているのは11軒であり,その1つが西村屋本館である(Relais & Chateaux, n. d.)。

2. 外国人旅行者への対応

(1) 多言語の取り組み

a.施設の多言語化

外国人旅行者向けの取り組みとして最初に考えられるのは多言語化だろう。西村屋はパンフレットや館内案内などを英語で作成し,外国人宿泊客がスムーズに館内を利用できるように心がけている。多言語化において,西村屋は日本と海外のお客様に同じ体験をしていただくことを前提にし,日本語と外国語のバランスに気をつけている。例えば,日本旅館の伝統である「会席料理」を英訳せずあえてローマ字表記で“kaiseki”としている。さらに,会席の献立メニューの「英訳」では,ほとんどがローマ字表記だという。お客様に料理を振る舞う際,直接口頭で説明するようにはしているが,「日本語」と「外国語」の絶妙なさじ加減によって,外国人宿泊客にも日本を感じてもらうのが目的である。

b.スタッフの外国語学習

2017年9月上旬から2018年の4月末まで,西村屋は語学教育企業アルクと「英語教材共創プロジェクト」を実施した。外国人宿泊客の増加を背景に,英語でのコミュニケーション能力を高めたい従業員が多数いることを動機に本プロジェクトは開始した。従業員全員が英語学習アプリケーションを使用する他,4人のスタッフがインテンシブコースに参加した。インテンシブコースでは1日7時間,合計4日間に渡り集中的に英語学習に努めてもらうことで,長い文章や長い会話ができるようにするのが目的である。重視されるのは,英語での館内案内だけでなく外国人宿泊客の質問に適切に回答できる会話能力をつけることだという。

c.外国語人材の確保

スタッフの英語学習に加え,外国語ができる人材の採用も行われている。英語が重要であるのは勿論だが,他にも中国語,スペイン語,フランス語なども視野に入れている。ここでも「さじ加減」がされており,外国語だけでなくコミュニケーションを通して日本や城崎の良さを伝えたい想いも評価される。実際,日本の知識があり,伝えたい気持ちがあれば,英語が比較的不十分でも長期的に成長することが多いという。

西村屋で採用されるスタッフは約1ヶ月の研修を受け,ゴールデン・ウィークに先輩と一緒に現場に立つようになり,夏休み前の7月頃には独り立ちすることになる。研修期間には勿論英語学習も含まれる。新入社員研修用の基本英語コース「西村屋スピード・ラーニング」は,現場で想定される質問と回答をCDとスクリプトにまとめたものである。例えば,「お部屋でのご案内」という内容では,露天風呂の使い方や夕食時間の説明が会話形式になっている(図3)。このマニュアルを一通り覚え,使用できる従業員は本館で約36名(フロント11名,客室25名),招月庭で約33名(フロント13名,客室20名)おり,そのうち半分(本館のフロント9名,客室10名;招月庭のフロント8名,客室10名)は比較的レベルが高い。

図3

西村屋本館英語マニュアル一部

出所:西村屋より提供

(2) 英語のエキスパート

西村屋には,上述のような多言語化の実施を行う上で貴重な人材がいる。海外戦略を担当するフカイ・コリン氏である。フカイ氏は2006年,文部科学省の「語学指導を行う外国青年招致事業」(The Japan Exchange and Teaching Programme,略してJET)で来日した。当時は城崎の隣にある竹野に派遣されていたが,観光で月に1度は城崎へ来ていたという。JETプログラム終了後,別会社に1年ほど勤めていた彼に,西村屋の会長から仕事のオファーを寄せられ,当初は週1回のアルバイトとして西村屋での仕事を始めた。仕事内容は問い合わせ対応,販売プラン作成と様々だったが,中でも献立等の翻訳を任された。業務と同時に,旅館のあり方,外国人旅行者のニーズについてもこの時学んだという。

アルバイト期間が半年ぐらい続くと,「是非うちに来てほしい」と常務の池上氏から再び声がかかった。熱心にフカイ氏を説得した理由について,池上氏は以下のように語った。

訪日客増加の背景もありますが,彼自身に来てほしいという思いが強かったですね。彼は日系4世でハートがとても日本人らしいです。週1回のアルバイトだと,頻度も,業務範囲もほとんど翻訳なので,本当のメリットが得られないし,僕たち日本人も彼から学ぶべきところが多く,社員にとってもいい刺激になっています。

正式に西村屋の社員となったフカイ氏は,海外戦略を担当することになった。家族経営の旅館が多い城崎において,戦略レベルでの外国人社員は非常に珍しい。英語を母語とし,JETプログラムで英語教師を務めていた彼が,パンフレットや館内案内の翻訳,スタッフの英語教育を任されたのは驚くことではないが,海外からの宿泊客に対応する上で彼が重視しているのは「言語」だけではない。

言語だけでなく,外国人の考え方や感覚に注意することが大事です。例えば,部屋に入る時は靴を脱ぎ,スリッパに履きかえる。日本人から見ると当たり前のことで,外国人にいちいち説明するのは失礼なのではという意見もあります。しかし,海外のお客様は日本の習慣を全く知らないので,全てが新しく,全てが体験です。裏を返せば,それが目的で来ているので,説明しない方が失礼だと私は思います。文化の違いが一番難しいので,言語能力以前にお客様の目線に合わせ,気遣いをすることが重要です。

(3) コト消費と体験の開発

近年の訪日外国人旅行者の動向は「モノ消費」から「コト消費」に移行しつつある。JNTO(2016)によると,中国人旅行者をはじめとする「爆買い」現象は落ち着き,代わりに日本の文化や歴史の体験に注目が集まっている。地方で体験したいアクティビティのうち,「特産物の飲食」「自然景勝地観光」「伝統的な宿泊施設での宿泊」「温泉入浴」以外に,欧米の旅行者2)は「地元の人との交流」も重視している(JNTO, 2016)。

一般的なホテルと比べ,日本旅館はコミュニケーションの場が多く,このニーズに応える機会があるだろう。西村屋も,外国人宿泊客に日本文化を体験してもらうよう,コミュニケーションを大事にしていると池上氏は言う。

城崎温泉は歴史があり,日本の風情がある温泉街です。城崎に目的地を決めている以上は,「日本の体験」つまり温泉街,旅館,和食,会席などを体験したくて来ることが前提だと思います。ですので,西村屋でもお部屋食にこだわっています。若手が少なく労働者不足の問題がありますが,それでもお部屋で日本人のスタッフが料理を出し,コミュニケーションや交流をすることに意味があります。

実際,旅行クチコミサイトTripAdvisorで西村屋本館のページを見ると,スタッフの名前を挙げ「ありがとう」と感謝するレビューが度々見られる(TripAdvisor, n. d.)。短い滞在期間でもある程度の関係性が築かれている証拠である。

部屋での食事以外にも,文化体験とコミュニケーションの場がある。城崎名物「外湯めぐり」を体験してもらうため,西村屋を含む多くの旅館は外湯の地図や無料チケットを宿泊客に配布している。温泉浴衣や下駄で外出することが可能であると説明し,日本の伝統衣装を身にまといながら風情ある温泉街を散歩することも貴重な体験として外国人に勧めている。また,城崎温泉や西村屋の歴史を理解してもらうため,西村屋本館には城崎温泉の歴史と文化を紹介する資料室がある。資料は日本語で表記されているが,本館に宿泊する外国人にも英語で案内している。中でも,古くから受け継がれてきた鎧が人気で,多くの外国人宿泊者は記念にこの鎧の写真を撮る。

2019年4月にオープンした新施設「さんぽう」でも,様々な体験が味わえる。1階のレストランは木を基調としたデザインで,囲炉裏をイメージした調理場が中央にある。利用客は「囲炉裏」を囲み,料理の「パフォーマンス」を楽しめる。献立には,地元但馬の食材を使った料理と地酒が並んでいる。同じく1階のギフトショップには地元の工芸製品が並び,それぞれに日本語と英語の説明が添えてある。「モノ」だけでなく,歴史や文化を学べる「コト」経験も提供していることである。2階の吹き抜けラウンジは街歩きの合間などに休憩できる場所となっており,今後はここで利き酒などのアクティビティを実施予定だという。温泉地での旅館宿泊や入浴以外の体験も提供しようとする努力が見受けられる。

V. 共存共栄

城崎には古くから受け継がれてきた「共存共栄」の精神がある。但馬大震災後の町を皆で復興すると決めた時に始まったこの考え方は,現在まちづくりや観光促進活動に表れている。豊岡市のDMO団体3)は,インバウンド促進活動や海外団体受け入れなどを積極的に行っている。城崎温泉には,町を案内する「城崎温泉観光協会」に加え,まちづくりを考える「株式会社 湯のまち城崎」が2012年に設立された。城崎温泉の観光活性化を目標に,古い施設の業態転用を始めとした活動(SankeiBiz, 2018)などを実施している。町全体を「共存共栄」精神で成長させていくことについて,池上氏はこう語った。

常に皆で相談して決めることを欠かすことなくやっています。海外のお客様を受け入れるにしてもまず集まり,話し合い,そこでは立場関係なくあらゆる意見が出されます。一方でまちづくり会社は,外部企業と集団契約をし,価格を抑えるなど,会社としての形を取っています。民間レベルの合議もあれば,株式会社としての活動もあり,常に町単位で取り組もうとしています。まずは城崎を目的地として決めてもらうことから始まるので,当然といえば当然ですが,町全体としての魅力を伝えなければなりません。

VI. おわりに

日本政府は2020年に4,000万人の訪日外国人旅行者(Japan Tourism Agency, 2019a),豊岡市も「2020年に10万人泊」(Toyooka City, n. d.)の目標を掲げている。まもなく160周年を迎える西村屋は,古くから受け継がれる共存共栄の精神を大事にしながら,増え続ける外国人旅行者に日本の魅力を伝える工夫や新体験開発を進めていく。

謝辞

このケースの執筆にあたり,城崎温泉西村屋の常務取締役池上桂一郎氏と海外戦略担当フカイ・コリン氏に,ご多忙の中インタビューや資料提供にご協力していただきました。ここに記して,心より感謝いたします。

1)  主にフランス,アメリカ,オーストラリア,イギリス。詳細は一般社団法人豊岡観光イノベーション「平成30年外国人延べ宿泊者数の状況」を参照のこと。https://toyooka-tourism.com/wp-content/uploads/2019/03/2018toyooka.pdf

2)  中国,タイ,インドネシア,米国,フランスの旅行者が対象。詳細は日本政府観光局(JNTO)「訪日外国人旅行者の消費動向とニーズについて―調査結果のまとめと考察―」(2016)を参照のこと。https://www.jnto.go.jp/jpn/projects/research_consulting/cq6g7o0000002hw5-att/project_data.pdf

3)  Destination Management/Marketing Organizationの略で,観光地域づくり法人を意味する。国土交通省観光庁「日本版DMOとは?」を参照のこと。http://www.mlit.go.jp/kankocho/page04_000048.html

グェン フォン バオ チャウ(ぐぇん ふぉん ばお ちゃう)

ベトナム・ハノイ出身。

2018年に一橋大学商学部卒業後,経営管理研究科研究者養成コースに進学。

研究テーマはホテルサービスにおける原産国効果。

References
 
© 2020 The Author(s).
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