マーケティングジャーナル
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書評
片野浩一・石田実(2017).『コミュニティ・ジェネレーション ― 「初音ミク」とユーザー生成コンテンツがつなぐネットワーク ―』千倉書房
西川 英彦
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2020 年 39 巻 4 号 p. 100-102

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I. 連鎖的創作のメカニズム

ユーザー自らが製品・サービスの創造や改良を行うユーザー・コミュニティ,いわゆるイノベーション・コミュニティを,企業で上手く活用したい。だが,自社外で盛り上がるコミュニティにどのように対応すれば良いのか分からない,あるいは,自社で立ち上げたが思ったほど活性化しないと嘆く企業も多いのではないだろうか。こうした課題に対して,本書は多くの手がかりを示唆するものである。

本書は,クリンプトン社が発売した,アニメキャラクターのようなイラスト付きの歌声音声ソフト「初音ミク」に端を発するユーザー生成コンテンツを創出し続けるイノベーション・コミュニティを対象とするものである。こうした稀有な事例は,ややもすれば逸脱事例として,研究としては扱われない可能性がある。だが,本書は,偶発的に誕生した「初音ミク」だけに焦点をあてるのではなく,そこから派生したイノベーション・コミュニティの中で,連鎖的に創作されていく現象を「コミュニティ・ジェネレーション」と呼び,その連鎖するメカニズムを体系的に研究するものである。さらに,第34回電気通信普及財団賞(テレコム社会科学賞)の受賞など,社会的にも高く評価される研究書である。

II. 本書の概要

では,本書の概要をみていこう。

第1章では,初音ミクの概要について説明される。まず,歌声音声技術「ボーカロイド」(ボカロ)や,歌声音声ソフト「初音ミク」の詳細,現象の略史,そしてボカロ・リスナーの状況が紹介される。次に,2次創作の文化的背景となるコミックマーケットや,その現象のフィールドとなるピアプロ,ニコニコ動画,YouTubeの特徴について解説される。最後に,その現象の拡大・制約条件として,著作権が取り上げられる。

第2章では,理論研究として,製品普及,社会ネットワーク分析,社会関係資本,価値共創,ユーザー・イノベーションなどの先行研究レビューを通して,本書における研究課題が提示される。

第3章では,初音ミク現象のビジネス展開として,ゲームソフトと,コラボ・プロモーションのケースが説明される。先行研究では企業主導のプラットフォームにユーザーが参加するというケースが中心であるのに対して,本章のゲームソフトのケースが,イノベーション・コミュニティの中に企業が参加するという稀有な事例であることが指摘される。

第4章では,クリンプトン社が運営するピアプロを調査対象に,社会ネットワーク分析により,2次創作まではあるが,N次創作(1次創作をもとに2次創作,それをもとに3次創作というような連鎖的創作)の連鎖が進展しないクローズ型ネットワークであることが説明される。その要因を,ピアプロが作詞・作曲・イラストなどの楽曲制作の投稿に限定していることと考察している。ニコニコ動画やYouTubeで見られる「歌ってみた」「演奏してみた」のようなN次創作の投稿はピアプロではできないのである。

公式外で公開されていたユーザーのオリジナルのイラスト・音源の創作(1次創作)に対して,クリンプトン社による公認化が,ピアプロでのユーザーの2次創作活動の投稿を促進し,さらに同社による楽曲販売にまでつながったのは興味深い。

第5章では,ニコニコ動画を調査対象に,社会ネットワーク分析により,N次創作の連鎖が見られるオープン型ネットワークであることが説明される。多様な2次創作が誘発されるのは,ゲームソフトに提供された楽曲など1次創作間に見られる共通性であると説明される。さらに,作品の2次創作の多さが,カラオケ配信曲数と相関するため,この共通性が重要であると指摘される。

第6章では,YouTubeを調査対象に,社会ネットワーク分析とパス解析により,レコードレーベルのチャンネルでは,所属アーチスト間で関係をつくる互恵的ネットワークがみられ,それが視聴数(再生回数)の多さに影響を与えることが説明される。一方,ユーザー創作コンテンツのチャンネルではその関係はなく,ユーザー間の自律的ネットワークは視聴に影響を与えないという。つまり,第7章や第8章にも関係するがイノベーション・コミュニティの活性化につながる視聴数の増加への影響を考えると,ユーザー創造コンテンツにおいても,互恵的ネットワークをつくるマネジメントが,必要になるということだ。

第7章では,創作するユーザーを対象に,共分散構造分析により,創作投稿動機の高さは1次・2次・協働の創作活動につながるが,能力の高さは1次・2次創作のみに,視聴・フォロー行動の高さは協働創作のみに影響を与えると説明される。注目交流成果(創作した作品の視聴数(再生回数)増加と交流拡大)に対しては,1次・2次・協働創作が影響を与えるという。一方,経済成果に対しては,2次・協働創作と注目交流成果は直接の影響を与えるが,1次創作は直接の影響を与えないという。さらに,多母集団同時分析により,創作エキスパートに比べ,創作ビギナーの協働活動は,経済成果や注目交流成果の増加に,より結びつくことが示される。つまり,多様な創作ユーザーの存在が,イノベーション・コミュニティの連鎖的創作や多様な成果を支えていることになる。

第8章では,創作ユーザーを対象に,フォーカスグループ・インタビューによる質的データ分析を通して,作品の完成や高い品質という明確な目的をもつユーザーからは,コミュニケーションを主体とする一般的なユーザー・コミュニティでみられるような互恵性や信頼性は見出せなかったことが説明される。第6章での分析とも一致する。その一方,公式外で公開されていたユーザーのオリジナル創作に対して,創作ユーザーが,異端なものとしてみるのではなく,強い共感・共鳴を感じているという点は興味深い。

終章では,各章の発見物のまとめと,理論的・実践的インプリケーションが導かれ,本書が締め括られる。コミュニティ・ジェネレーションの理論枠組みとして,創作ユーザーの特徴(創作意欲の高いユーザー/幅広く楽しみたいユーザー)という軸と,企業の著作権ルール(クローズ/セミオープン)という軸による4象限を使って,「創作意欲の高いユーザー×著作権ルールのクローズ」を起点に,幅広く楽しみたいユーザーへの拡張,あるいは著作権ルールのセミオープン化を経て,「幅広く楽しみたいユーザー×著作権ルールのセミオープン」というユーザー生成コンテンツが自律的・民主的に爆発的に創作される現象に至るメカニズムが説明される。

III. 本書の貢献と課題

本書の貢献として,2点挙げる。1つは,冒頭でみたようなイノベーション・コミュニティ活用に向けたマネジメントに対する多くの示唆である。なかでも,連鎖的創作のメカニズムとして,コミュニティ・ジェネレーションの枠組みを明示したことは重要である。製品・サービスにおいても,セミオープン化(権利の自由化や公認化)や,幅広く楽しみたいユーザーにまで拡張することで,創造・改善,そのN次創造・改善を活用できる可能性が高まる。こうした枠組みは,すでに社内外コミュニティにより新製品開発を実践するレゴ社の成功要因の説明として使えるだけでなく,その発展可能性まで示唆できるだろう。

もう1つは,研究対象や研究方法論への貢献である。イノベーション・コミュニティ研究に留まらず,社会現象の連鎖を広く深く理解しようとする者に対して,多様な分析対象の選定や,それに適した社会ネットワーク分析や質的データ分析等の分析方法など,研究の見取り図を提示していることは意義がある。

今後の課題として,2点あげる。1つは,批判すべき先行研究(仮想敵)の焦点化である。関連研究を総合的に網羅するという本書の狙いでは,両立は困難であろうが,ユーザー・イノベーション研究においても,ツールキット(まさに,本書が対象とする歌声音声ソフトのような創作支援システム)や,権利,動機に関する研究蓄積は多い。それらを参照あるいは批判することで,より緻密な分析が期待される。

もう1つは,N次創作の水準の設定である。ピアプロでの投稿の制約条件にも関連するが,2次・3次創作の中でも,楽曲やイラストを制作する重い創作(創作意欲の高い創作)と,「…してみた」のような軽い創作(幅広く楽しみたい創作)が混在している。こうした水準の考慮は,研究のさらなる発展可能性をもたらすだろう。

本書を契機に,こうしたイノベーション・コミュニティの研究成果や現象が積極的に取り入れられ,マーケティング研究や実務がより進展していくことを期待する。

 
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