マーケティングジャーナル
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書評
寺本高(2019).『スーパーマーケットのブランド論』千倉書房
髙橋 広行
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2020 年 40 巻 1 号 p. 118-120

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I. 本書の位置づけとねらい

近年,デジタル化やインターネットの発展に伴うECの増加によって,リアルの店舗(小売業)を取り巻く環境は,ますます厳しくなっている。さらに,少子高齢化と人口減少の流れは,消費額にも影響する。市場が拡大している時期であれば,品質の良いものを大量に仕入れ,できるだけ安く,より多くの消費者に販売するビジネス・モデルは成立する。しかし,市場の成長が鈍化し,人口が減少傾向に向かう近年の状況においては,ひとりの消費者に,より多く,より長く利用し続けてもらう必要がある(Takahashi, 2018)。

この状況においてスーパーマーケットも例外ではない。スーパーマーケットが生き残るためのひとつの施策は,消費者にとって「無くてはならない存在(ブランド)になること」である。さらに,Face to FaceやSNSなどの消費者間で「話題になる」ことで,新規顧客のトライアルを促し,その顧客をロイヤル顧客に育成していくことで,売上増や利益増を狙うステップが必要になる。

とはいえ,普段の生活の中で,食事のための買い物は主婦にとって義務感が強いものであり,スーパーマーケットで買い物していて,「楽しい!」とか,「映える!」「話題にしたくなる!」という存在になることはあまり多くない。それでも,施策によってはスーパーマーケットの存在価値を高めることが可能であると筆者は主張する。それを実証するために,話題になる商品,店舗,売り場をどのように設計するのか,と言う点を明らかにすることが本書の主な研究目的である。

II. 本書の構成とインプリケーション

本書の構成は大きく2部構成で成り立っている。

第I部は,第1章から第6章で構成されており,スーパーマーケットを取り巻く理論的背景と事例研究を通じて,後半の分析編で論じていく研究課題を提示する。第1章では,従来のブランド論を小売企業やスーパーマーケットに応用してきた研究の系譜を,第2章では,スーパーマーケットの誕生と発展の経緯を,第3章から第5章までは,商圏,小売業態,流通情報マネジメントのそれぞれの視点からスーパーマーケットの立ち位置について解説しており,第6章では,スーパーマーケットのブランディング(ブランドづくり)の先端事例として,成城石井や阪急オアシス,米国の事例などを紹介する。これらの事例を通じて,スーパーマーケットのブランディングの研究を進める上で明らかにすべき課題を提示する。

第II部は,第7章から第11章で構成されており,第1部で提示した課題を分析で明らかにしている。

本学会はマーケティングの実務の方が多いため,理論的背景や方法論よりもインプリケーションに興味があると想定する。そこで,スーパーマーケットの「何が話題につながるのか」気になる読者のために,主な分析結果を紹介する(ただし,ここで膨大な分析結果の全てを記載できないため,詳しくはぜひ本書を手にとって,読んでいただきたい)。

第7章は,4つの分析を通じて,話題の起点になる消費者について明らかにしている。ロイヤルティに関する先行研究をふまえつつ,ストア・ロイヤルティが高い顧客の特徴の特定と,情報先端層との関係を明らかにしている。明らかになった点は,従来のRFM分析で上位ランクに位置づけされる「購買金額が高い消費者」(ロイヤルティの高い層)が必ずしも優良顧客であるとは限らないことである。その理由は,惰性で利用している(見せかけのロイヤルティ)である可能性が高いためである。一方,スーパーマーケットを利用している情報先端層は,情緒的な側面を大切にしており,単なる製品情報ではなく,「買う場面」(売っている場所や方法,サービス,キャンペーン情報)に敏感であり,従来の購買金額が高い消費者(ロイヤルティの高い層)とは反応する点が異なる。そのため,周囲に情報発信してくれる情報感度の高い層に評価される店づくりが重要であることを示す。

第8章は,話題につながる商品について明らかにしている。特に近年,PBの開発が盛んである。これらのPBはメディアを使った広告はあまりなされていないにも関わらず,話題性の高いPBも登場しつつある。本章では,他人に推奨したくなるPB商品の要件を分析している。分析方法は,消費者の意思決定における興味・関心・推奨の段階,および,推奨先の違い(リアルでの共有,SNS受信,SNS発信)でPBの知覚品質属性がどのように異なるのかという点について確認している。具体的には,「高級・贅沢素材」「コストパフォーマンスが良い」「商品パッケージが良い」などの価値や見栄えの良さが推奨の要件に必要なこと,SNSで受送信されるためには,「高級・贅沢素材」であることに加え,「商品のネーミング」「遊び心のある」「勢いがある」などの要素が求められる点を明らかにしている。

第9章では,「コスパ」に焦点を当てる。コスパとは,和製英語の省略語であり,商品やサービスの費用とそれがもたらす効果・性能の対比を示す「コストパフォーマンス」のことである。この「コスパが良い」ことも推奨指標のひとつになり得ること,「〇〇%増量」「〇〇個XX円」「数量限定,季節限定」「お買い上げ金額○%OFF」などの(値引きとは異なる)プロモーション表示があると,推奨につながりやすいことを明らかにしている。

第10章では,2つの分析を通じて,話題につながる店舗の要件を明らかにするために,店舗の併用パターンの分析と話題になる要素の抽出を行っている。特に,ネットや多数の店舗を併用する「多店舗・多EC併用層」に注目する。その理由は,この層は多様なメディアに接触しており,情報収集と情報発信力が一般の人よりも長けているためである。購買行動の特徴は,「安全・計画(計画購買)」と「こだわり」の傾向が強く,商品カテゴリーによって主に購買する業態を使い分けており,リアル店舗に対しても,店員の対応力や商品知識力,売り場の発信力や演出力を重視する。

さらに,(家族や友人などの)リアルな関係で話題になる店舗とは,「ワクワクする/クールな」といった「高揚感」を持つことであり,SNSで受発信される店舗とは,機能的には「店舗レイアウトがわかりやすい」「新商品が多い」「店員に商品知識がある」ことであり,情緒的には,「知的な/おしゃれな/今勢いのある」などの「格好良さ」が求められる。

第11章では,3つの分析を通じて,話題につながる売り場づくりの要件を明らかにしている。SNSで共感を得やすい売り場の投稿は,「写真を多く添付すること」「ポジティブとネガティブの両方(の情報)を織り交ぜた内容」である。さらに,共感だけでなく売上にも貢献するテーマは,「大量陳列」「生鮮」「キャラクター」「バラエティ」「美味しそう」などであり,旬を感じる売り場ほど消費者によるSNSへの投稿数を促し,その投稿数や「いいね!」の数が売上に貢献することを明らかにしている。

いずれの章も,ひとつひとつ丁寧に実証分析を重ねているため,提示されている施策が「ストン」と腑に落ち,読み進めることができる。

III. 本書の貢献

本書の貢献は2つある。ひとつは,スーパーマーケットを取り巻く先行研究の整理にとどまらず,後半の分析編においても,情報先端者やPB,価格政策や業態研究,陳列デザインやPOPの効果,SNS上での発信情報と消費者の反応など,ここでは紹介しきれないほどの先行研究を,丁寧にレビューしながら課題抽出を行なっている。その要約された知見を知るだけでも価値がある。

もうひとつは,スーパーマーケットの現場の課題に寄り添い,その施策に焦点を当てた点である。これまでスーパーマーケットは,業態研究やチェーンオペレーションなどの流通研究の領域で取り上げられることが多く,ブランディングや消費者行動の視点でアプローチし,「具体的な施策」につなげようとした研究書は,あまり多くない。さらに,研究書ではあるものの,分析結果をわかりやすくまとめてくれている。それはおそらく,筆者が長年,流通経済研究所の主任研究員として小売や流通の現場の課題を調査分析し,コンサルティングを通じて解決してきた経験があるからだろう。そういった背景を持つ筆者だからこそ,本書はスーパーマーケットに対する愛情のようなものを感じる。

とはいえ本書には課題もある。それは,すべての分析が,スーパーマーケット「だけ」を対象にしたものではないという点である。話題になる要件の傾向をつかむために,他カテゴリーの調査データの分析結果を用いた解釈もある。とはいえ,この点は本書の評価を下げるものではない。むしろ,他のデータで補足してでも,現場の課題を解決しようとする姿勢を高く評価したい。

実務の現場で,SNSでの打ち出し方や,売り方に困っている自営業の方々,小売企業に興味がある読者にとって,「話題にしたくなる」要素やヒントを見つけられるはずである。なぜなら,本書を通じてスーパーマーケットが人々の話題になることこそが本書の貢献であり,本望なのだから。

References
  • Takahashi, H. (2018). Retail innovation from the perspective of consumer behavior. Tokyo: Yuhikaku.(髙橋広行(2018).『消費者視点の小売イノベーション:オムニ・チャネル時代の食品スーパー』有斐閣)(In Japanese)
 
© 2020 The Author(s).
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