マーケティングジャーナル
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
巻頭言
ショッパー・サイエンス
石淵 順也
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2020 年 40 巻 2 号 p. 3-6

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Translated Abstract

The purpose of this special issue is to show the progress of marketing science research focusing on the changing behavior of shoppers due to innovations in information technology. Such innovations related to shopping have progressed rapidly. From a long-term perspective, this issue provides an opportunity to think about how the application and penetration of information technology are likely to change shopper behavior and the way of shopping.

2005年,ある変更が行われた。オール日本スーパーマーケット協会(All Japan Supermarket Association,以下AJS)は,1981年からスーパーマーケットのチェッカー(レジ担当者)の技術力及び意欲の向上を目的に,毎年「チェッカーコンテスト」を開催してきた。しかし,AJSは「チェッカーを取り巻く環境も時代と共に変化します。スキャニング式のレジに移行し手入力がなくなる一方,お客様から求められる接客レベルはどんどん上がっています。そのような中,チェッカーコンテストも「基本的な技術」をベースに「感じのよい臨機応変な接客」ができるかどうかに焦点をあてたもの」(AJS, n.d.)に変える必要があると考え,2005年にコンテスト名称を「チェッカーフェスティバル」に変更した。

小売業において,レジで「手入力」を素早く,正確に行えることは,重要な技能であった。この技能は,今も中小小売業者にとって重要ではあるが,多くのチェーンストアは,バーコード(JANシンボル)をスキャンする方式のPOSレジを導入し,チェッカーが手で値段を入力することは少なくなった。このような情報技術の革新とその普及は,レジで求められる便益の焦点を「正確な入出金」から,「感じの良い接客」へと移行させ,顧客接点の意味を大きく変容させた。情報技術の革新は,単に効率性や利便性をもたらすだけではなく,買物世界を大きく変えている。

買物を取り巻く情報技術の革新には,目を見張るものがある。図1は,情報技術の革新などの環境要因が買物に与える影響の概略を示したものである。図1に基づけば,情報技術の革新が買物に影響する経路は,大きく2つある。1つ目は,小売業者による情報技術の活用である。例えば,POSシステムは勿論のこと,電子棚札(ESL),顔認証サイネージ,店舗の無人化など,近年,買物の在り方を変えるような情報技術の活用が進んでいる。また,買物行動の把握技術も進展しており,RFID,携帯GPS,Quuppa,カメラによる顔認証,アプリ,温度センサーなどにより,ショッパー(買物客)の来退店,動線,動作をより正確に把握することができるようになってきた。このような情報技術の革新が小売業者の行動に与える影響は,業者特性によって異なる点にも注意が必要である。

図1

情報技術の革新と買物

出典:Shankar, Inman, Mantrala, Kelley, and Rizley (2011), p. S31, Fig. 1を修正し筆者作成。

2つ目は,消費者による情報技術の活用である。ECの発展に伴い,ショールーミング,ウェブルーミングなど,実店舗とECの相互作用による様々な現象が生じている。また,スマートフォン,SNS,二次流通市場などの活用による消費者の情報武装も進んでおり,企業と消費者の関係は大きく変化してきている。このような情報技術の革新が消費者行動に与える影響は,消費者特性によって異なる点にも注意が必要である。

また,COVID-19の影響は,情報技術と親和性の高い通信販売に追い風である一方,実店舗を中心とする一部の小売業には大きな逆風である。日本通信販売協会によれば,2020年6月の通信販売の売上高は,前年同月に比べ,10.8%の増加であった(Japan Direct Marketing Association, 2020)。品目別では,文具・事務用品は4.2%の減少1)であったものの,食料品は40.0%の増加,家庭用品は32.1%の増加,衣料品は14.6%の増加と多くの分野で増加した。しかし,全国の百貨店の2020年1~6月の売上高は,前年同期に比べ33.9%の大幅な減少であり(Japan Department Store Association, 2020),全国のSCの2020年1~6月の売上高は,前年同期に比べ30.3%の大幅な減少であった(Japan Council of Shopping Center, 2020)。営業休止の影響の少なかったスーパーマーケットの2020年4月売上高は前年同月に比べ10.7%増,同5月は9.8%増であったものの(National Supermarket Association of Japan, Japan Supermarket Association, & All Japan Supermarket Association, 2020),多くの実店舗を中心とする小売業は厳しい状況にある。環境要因としての感染症拡大と情報技術の発展は相互作用し,買物世界に大きな影響を与えている。

本特集の目的は,情報技術の革新により,変わりつつあるショッパーの行動に焦点を当てたマーケティング・サイエンス研究の進展を示すことである。眼前の感染症拡大の影響も重要ではあるが,より長期的視点に立ち,感染症拡大により更に加速する,情報技術の「買物世界」への応用と浸透が,今後,ショッパーの行動や,買物の在り方をどのように変えていくのかを考える機会を提供したいと考えている。このような狙いのもと,本特集は,気鋭の研究者達の5つの論文を掲載している。

第1論文は,清水聰氏による「動線調査研究の新しい視点」である。清水氏は,スーパーマーケットの客動線,調査時購買データ,購買履歴データを紐づけした貴重なデータを用い,消費者と店舗の関係性により,動線長などの店舗内購買行動が異なることを明らかにしている。本研究は,Quuppaという最新の動線測定技術で動線を正確に測定することにより,補充目的の買物を除いた場合でも,来店頻度の高いロイヤルユーザーは,客動線が短く,購入点数・金額も少なく,効率的な買物を行っていることを明らかにした優れた研究である。最新の情報技術による動線測定は勿論,消費者と店舗の関係性の視点を店舗内購買行動研究に取り入れた本研究は,学術・実務の両面で貢献の大きい優れた研究である。

第2論文は,寺本高氏・三坂昇司氏による「“コスパの良い”は消費者の口コミと購買を促すのか?―小売店舗の価格イメージが口コミ行動と購買行動に与える影響―」である。寺本氏・三坂氏は,「コスパの良い」スーパーマーケットに関するネットコミュニティ上のクチコミに接した消費者は,ネットコミュニティで積極的に反応し,交流終了後に,「安い」に関するクチコミに接した消費者に比べて,来店当たり購買単価,購買単価が高くなることなどを明らかにしている。情報技術の発展と関わる「ネット上の特定のクチコミ」がリアル店舗での行動に影響することを明らかにした点は,学術的に大きな貢献である。また,コスパが良いというネット上のクチコミの重要性を示した点は,実務にとって有用である。

第3論文は,山本晶氏による「二次流通市場が一次流通市場における購買に及ぼす影響」である。山本氏は,近年注目されているリキッド消費に関する実験調査データをコンジョイント分析し,二次流通市場の存在が,一次流通市場での購買や支払意思額に影響することを明らかにしている。具体的には,直近6ヶ月間のフリマアプリ売り手経験者は,二次流通市場で値下がり割合が低いことに高い効用を知覚すること,二次流通市場で10%高く売れるなら一次流通市場での支払意思額も約2,000~2,500円程度上昇することを明らかにしている。二次流通市場での値崩れが少ないことは一次流通市場にメリットがあること,フリマアプリ売り手経験者という消費者特性が調整変数として重要であることを明らかにした点は,学術的にも実務的にも大きな貢献である。

第4論文は,太宰潮氏・西原彰宏氏・奥谷孝司氏・鶴見裕之氏による「オムニチャネル時代における消費者行動の基本理解―コミュニケーションチャネル利用とエンゲージメント行動に焦点を当てて―」である。太宰氏らは,オムニチャネルにおける消費者行動と顧客指標の関係を複数のデータをもとに多面的に検討している。具体的には,利用チャネルの多い消費者は他者への推奨意向が高いこと,ショールーミングやウェブルーミングを行う消費者は,実店舗やECサイトを利用する比率が高いこと,RFM上位消費者は,ECアクセス,アプリ起動などのエンゲージメント行動を行う比率が高いことなどを明らかにしている。本研究は,情報技術に支えられた多様なチャネルの利用実態,及び利用実態と顧客指標との関係を明らかにしている点で実務的貢献が大きく,今後の理論的発展も期待できる研究である。

第5論文は,赤松直樹氏・福田怜生氏による「消費者の逐次選択における目標コンフリクトの影響―各選択の関連性に着目した分析―」である。赤松氏・福田氏は,店舗内での逐次選択に着目し,先行する製品選択が後続の製品選択に与える影響を調整する要因を実験で明らかにしている。具体的には,逐次選択の影響は,健康意識と選択間の関連性により調整されることを,2つのシナリオ実験で明らかにした。本研究は,情報技術の影響を直接取り扱うものではないが,モバイルクーポン,サイネージなどにより消費者の動線や購買に影響を与えることを検討する際に必要となる基礎研究である。本研究は,消費者の店舗内意思決定を明らかにしている点で学術的貢献がある上,売場配置などに実務的示唆のある優れた研究である。

また,本号は,特集論文以外にも,レビュー論文2本,マーケティングケース2本,書評2本を掲載している。いずれも優れた論文,ケース,書評である。特集論文と共にぜひお目通し頂ければ幸いである。

1)  会社の休業,リモートワークの推進の影響であると考えられる。

References
 
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