マーケティングジャーナル
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
巻頭言
ビジネスモデルとマーケティング
栗木 契
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2022 年 41 巻 4 号 p. 3-5

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Abstract
Translated Abstract

The term “business model” is relatively new and has become widely used only since the dot-com bubble around 2000. The emergence and widespread use of business models occurred in the context of an era in which business owners and managers had to reflect on the premise of their business and strongly requestion this premise. Currently, the effects of COVID-19 on societies worldwide are accelerating changes in daily life. Thus, the business questions of where and how to make money and how to prepare for competition are reaching a new turning point. This special issue includes a collection of papers that provide rich suggestions for tackling the challenges of this era.

ビジネスモデルの役割

ビジネスモデルとは,企業などが事業上の諸活動をいかに組織化し,目標を達成するかを記述したものである。事業活動を進め,プロジェクトのゴールとなる目標を達成する。そのために必要となる要因の組み立てを図式化したものを,ビジネスモデルという。

ビジネスモデルの役割は,事業を支え,拡大に導く各種の事業活動の構図をとらえ,示すことである。ビジネスモデルを描くことで,事業の全体像を俯瞰したり,事業の課題や前提を共有したりすることができる。ビジネスモデルは事業計画の検討,投資家やパートナーへの事業の収益性や成長見込みの説明といった,さまざまな個人起業家や既存企業の経営やマーケティングの場面で必要とされる。

マーケティングの新参者であるビジネスモデル

ビジネスモデルという言葉が盛んに用いられるようになったのは,比較的新しい。企業経営の文脈において事業活動の構図を描き出そうとする試みは,古くから行われてきた。1990年代の半ば以前には,こうした構図は,マーケティング論や競争戦略論などの枠組みのもとで論じられていた。しかし1990年代の半ば以降になると,ビジネスモデルとして論じられることが多くなっていく。

1990年代は,大量生産・大量消費社会の爛熟期であり,かつ新たな社会のステージへの移行がはじまる時期であった。コンピュータと通信が結びつき,産業のフロンティアの開拓が急速に進む。情報技術が社会のあり方を変え,新たな方向へと牽引していく動きが本格化していく。

情報化社会への移行という現象は,1970年代ごろから広く社会の注目を集めるようになっていく。そしてこの動きが1990年代に進んだコンピュータのパーソナル化,ウィンドウズOSの登場,インターネットの一般利用の開始,そしてモバイル通信の普及などによって加速化し,社会や産業のより広い領域に影響を与える。こうして1990年代の後半には,「ドットコム・バブル」といわれるインターネット関連の新規事業や新興企業への投資ブームが,グローバルに生じた。

このドットコム・ブームのなかでは,次々と新しい事業の仕組みが編み出され,「ビジネスモデル」と称され,もてはやされた。後にこのブームがもたらしたバブルははじけるが,ビジネスモデルという言葉は生き残り,インターネット関連の事業だけではなく,幅広い事業の仕組みや企業活動の構図を指す言葉として定着していく。

時代のなかで増していたビジネスモデルの出番

2000年代以降の社会における,さらなる情報化の進展は,従前からの20世紀型の産業や企業を大きく揺さぶりはじめる。企業活動の仕組みや構図の賞味期間は短くなり,かつては圧倒的だった競争優位の源泉が各所で失われていく。そのなかで多くの企業が,既存のマーケティング論や競争戦略論の枠組みを超えて,自社の事業の仕組みや構図を問い直す必要に迫られるようになる。ビジネスモデルは,こうした新しい事業の仕組みや構図を検討するためのフレームワークの総称としての役割を引き受けるようになっていく。

同じ時期に経済のグローバル化も急速に進んだ。勃興する世界の新興国では,先進各国の市場とは異なったマーケティングやサプライチェーンなどの展開が求められた。ここでも日本をはじめとする先進国の企業は,事業の仕組みや構図を問い直す必要に迫られる。ビジネスモデルと向き合う必要性と頻度が,時代の要請のなかで増していった。

ゲームチェンジは止まらない

ビジネスモデルの登場以前に活用されていたマーケティング論や競争戦略論の枠組みは,既存の産業を前提とした分析のツールとしての色彩が濃かった。そのために,社会の情報化やグローバル化の進展を受けて企業がゲームチェンジに挑むには,既存のマーケティング論や競争戦略論のフレームワークを用いるだけでは限界があった。たとえば,STPマーケティングが提供するのは,既存の産業を成り立たせている市場を細分化してターゲットを見いだすアプローチだった。あるいは5F分析が提供するのは,既存の産業における5つの競争圧力を踏まえて,事業の収益性を向上させる道筋を検討するためのフレームワークだった。

しかし近年,私たちは市場において,既存の産業の枠組みを超えたゲームチェンジを次々と目にするようになっている。たとえばネスレ日本は,家庭向けコーヒーマシンのバリスタを,「ネスカフェアンバサダー」のプログラムを用いてオフィス向け市場で展開するようになっている。そしてアップルとアンドロイドは,スマートフォンのOSをベースにエコシステムの形成に注力することで躍進を果たしている。一方で,携帯電話機のスペック競争にしのぎを削っていたNEC,パナソニック,シャープ,富士通といった有力メーカーは,この事業の収益力低下に見舞われる。また,音楽やビデオの家庭などでの視聴のために私たちが日々利用するソフトウェアの流通の仕組みなどにも大きな変化が生じている。さらに産業の枠組みが揺らぐとともに,デジタル技術の活用が進んだことで,マネタイズ(収益源の獲得)やプロモーション(情報の拡散)方法には新機軸が続々と生まれている。

実務家や研究者がビジネスモデルを必要とした背景には,こうした既存の産業の枠組みを乗り越えていく新時代の事業のダイナミズムに向き合う必要性への関心の高まりがある。「ビジネスフロー」「ビジネスモデルキャンバス」「ブルーオーシャン戦略」「戦略ストーリー」といった,現在ではビジネスモデルを描くためのツールとして広く活用される図式は共通して,既存の産業の枠組みを超えた活路を見いだしたり,事業の構想を検討したりするのに適している。さらに,これらのビジネスモデルは,環境問題や社会問題など,営利以外の目標に企業が反応していく際にも活用しやすい。

ビジネスモデルに挑む

そして今,そこにコロナ禍が加わり,私たちの日々の生活,働き方の変化が加速している。どこでどのように稼ぐか,どのような競争に備えるかというビジネスの問題は,さらなる転換期へと突入している。既存の産業の枠組みを前提としたマーケティング論や競争戦略論の図式に加えて,ビジネスモデルと向き合うことが,一段と重要になっている。ビジネスモデルが登場し,普及した背景には,時代の文脈がある。今は,企業の経営やマーケティングにかかわる人たちが,経験則に埋没せずに,事業を前提から振り返り,深く掘り下げて問い直すことを強く求められる時代なのである

本号の特集論文には,この時代の課題に挑むための示唆を豊かに提供する論文が集まった。ビジネスモデルの活用方法をイノベーションや起業のプロセスとの関係でとらえようとする内田論文と宮井論文,ビジネスモデルにおける価値獲得の重要性が高まっていることに注目する川上論文と井上・鄭論文,そしてビジネスモデルという研究対象の性質を踏まえてアカデミアの立場から適切な研究方法の吟味を行う横山・東論文である。

内田論文は,ビジネスモデルを生み出し,活用するための方法として,右脳(直感)と左脳(ロジック)をいかに使い分け,組み合わせるかを検討する。企業がイノベーションを成し遂げるには,ビジネスモデルを作成する前後のプロセスにも目を向ける必要がある。このプロセスの各フェーズで,事業にかかわる人たちの思考や意志決定をいかに導けばよいか。国内外の豊富な事例から,説得力に富んだ含意が引き出される。

川上論文は,産業の枠組みが揺らぐ今の時代にあって,企業がマネタイズの方法の再編成に目を向ける必要性が高まっていることを説く。米国のマーベルの事例に見られるように,企業は,画期的な新製品・サービスの開発による価値創造だけではなく,「誰から,何で,どのように」利益を生み出すかの新結合によっても成長の可能性を広げることができる。この可能性の広がりをとらえる枠組みとして「利益ロジック」が提示される。

井上・鄭論文は,中国のショートムービーアプリ市場で成功をおさめる2つのビジネスモデルの比較研究から,価値創造と価値獲得の相互依存関係を見いだしている。川上論文とあわせて読むことで,従前は価値創造の脇に置かれがちだった価値獲得の設計を多面的に検討する必要性が,現代のビジネスの文脈では高まっていることへの認識を深めることができる。

宮井論文は,起業家の意思決定のロジックであるエフェクチュエーションとビジネスモデルの行動原理の関係を国内の3つの起業事例を踏まえて検討している。イノベーションを導く各フェーズにおいて,内田論文にも示されていたビジネスモデルをめぐる直感とロジックの交錯とパラレルな関係が,宮井論文でもとらえられている点が興味深い。

横山・東論文はアカデミアの視角から,小売ビジネスモデルを中心にビジネスモデルの経験的研究の可能性を検討する。ビジネスモデルの経験的研究では,変化する対象を,要素の組み合わせのパフォーマンスにも目を向けながらとらえていく必要がある。この課題にこたえるための有力な方法として過程追跡法と質的比較分析が検討される。

 
© 2022 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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