2022 年 42 巻 1 号 p. 111-113
本書は,米国の多様な有機食品流通組織がどのように発展してきたのか,そして,なぜそのような多様な有機食品流通組織が米国に存在するのか明らかにしようとしたものである。
本書の著者である畢滔滔氏は,まず,米国で様々なタイプの有機食品流通組織が存在し,それらが生活の質の向上に大きく貢献していることに注目する。そして,なぜ米国でそのような有機食品流通が生まれたのかという素朴な疑問から本書の研究はスタートする。しかし,その背後には,極めて寡占度の高い米国の食品流通において,なぜ有機食品が彼らに取り込まれることなく,多様な流通形態を維持しているのかという理論的課題を有している。
本書は,米国における有機食品市場の形成(I部)と,その形成に大きな役割を果たした有機食品流通組織の事例(II部)という大きく2つの部分から構成される。一般に,流通は生産と消費を架橋するものであり,生産者と消費者が存在しなければ流通業者も存在しない。したがって,有機食品流通を考察するには,前提となる有機食品市場すなわちその生産者と消費者がどのように生まれ発展してきたかに目を向ける必要がある。
この米国の有機食品市場の形成に大きく寄与したのが「バック・ツー・ザ・ランダー(Back-To-The-Landers)」である(第2章)。バック・ツー・ザ・ランダーは,1960年代半ばから70年代にかけて都市部から農村部に移住し,コミューンを形成して小規模な農業を営み,自給自足の共同生活を送った人々である。そして,自然との共生を目指す彼らが取り入れたのが有機農法で,後に彼らが米国における有機農産物の供給者となる。
興味深いのは,バック・ツー・ザ・ランダーの中に,その思想を維持したまま都市部(メインストリーム・ライフ)に戻る人たちが少なからずいたことである。これは,バック・ツー・ザ・ランダーが都市部で有機農産物の消費者となり,その需要を生み出したことを意味する。流通業者が存在するには生産者と消費者が必要だが,生産者と消費者も片方だけでは存在し得ない。その意味で,有機農産物の供給と需要の両方を同時に担ったバック・ツー・ザ・ランダーは,米国における有機食品市場の形成に大きく寄与したといえる。
バック・ツー・ザ・ランダーとともに米国の有機食品市場の形成に大きな役割を担ったのがヒッピーである(第3章)。ヒッピーとは,1950年代に米国で共有されていた中産階級の価値観やライフスタイル,さらにその基盤となる米国の消費社会そのものを拒絶した1960年代若者文化の実践者である。
そのヒッピーが,1960年代終わりに活動の新たなキーワードとして注目したのがエコロジーである。ここで言うエコロジーとは,大量消費のライフスタイルを反省し,シンプルで自然と共存するライフスタイルを意味するものであり,その具体的方法が,ヒッピーフード(加工していない食料や有機栽培の農産物)を食べることで,政府や大手アグリビジネスに対抗することだった。
ところで,実際に食べた経験がないので何とも言えないが,畢滔滔氏の記述をみると,初期のヒッピーフードは,あまり美味しくなかったように思われる。これは,ヒッピーが,ヒッピーフードに味以上のシンボリックな意味を求めていたことを示している。彼らは,農薬や化学肥料を使用し,見栄えよく大量生産された農作物をプラスチック的なものと呼び,それが嫌いであることを示すためにヒッピーフードを食したのである。
しかし,ヒッピーフードは,彼らの主義主張を超えた広がりをみせる。その理由のひとつは,食品産業における化学物質の濫用が体に悪影響を及ぼすことがわかり,一般の人たちも慣行食品(ヒッピーたちの言うプラスチック的なもの)を見直すようになったこと。そして,もうひとつが,ヒッピーフードをレストランで食べる美味しく洗練された料理へと変身させたカリフォルニアキュイジーヌの担い手たちの存在である。このような理由により,バック・ツー・ザ・ランダーやヒッピーの食べ物だった有機食品は,彼ら以外の一般の人々へも広がっていく。
本書は,上述したような有機食品市場の形成について述べた後,米国における多様な有機食品流通組織の実態を事例に基づき考察する。
具体的には,ノースウエスト地域最大手の有機農産物卸売業「OGC農業販売共同組合」(第4章),多店舗展開を実現し,フォーチュン500企業にのぼりつめた「ホールフーズマーケット」や地元密着でナショナルチェーンと対抗する「ニューシーズンズマーケット」などの有機食品スーパー(第5章),1960年代後半に,オークランド市のリード大学の学生が設立した自然食品・有機食品の共同購買クラブを起源とする有機食品生協「ピープルズフードコープ」(第6章),複数の農業生産者が特定の場所に定期的,継続的に集まり,最終消費者に直接販売するオレゴン州のファーマーズマーケット「コーバリス・ファーマーズマーケット」(第7章)がそれである。
紙幅の都合で,個々の事例を紹介することはできないが,これらの事例分析の中で筆者が興味をもった点をふたつ紹介しよう。
ひとつは,ホールフーズマーケットがM&Aを繰り返し多店舗展開する過程で買収した有機食品スーパー「ミセスグーチ」である。初期の有機食品の流通は,生産者や消費者と同様,バック・ツー・ザ・ランダーやヒッピー,そして彼らの考え方に共感する人たちが担い手となるが,彼らにとって自然のままであることが最大の価値であり,一般の人たちが食品に求める味や見た目,品揃えに関しては無頓着だった。
しかし,ミセスグーチは,有機農産物が有する特性にこだわりながら,鮮魚や精肉も品揃えに加え,その味や見た目も重視したのである。その結果,ミセスグーチは,バック・ツー・ザ・ランダーやヒッピーのみならず一般の人々からも支持されるようになった。畢滔滔氏は,これにより有機食品小売店が「ヒッピーたちの店」からメインストリームの小売店に脱皮することができたと言う。その意味で,ミセスグーチが有機食品流通に与えた影響は大きい。
もうひとつは,OGC農業販売共同組合のPB「レディバグ」である。米国農務省が有機食品の認証基準を公表したのは2000年になってからであり,それ以前は,個々の有機農業団体や有機食品流通組織が独自に基準を定め販売していた。こうした状況の中で,有機食品流通の一組織に過ぎないものの,卸売業であるOGC農業販売共同組合がPBによって有機食品の品質を保証したことは大きい。なぜなら,広域かつ複数の小売店に販路を有する卸売業がPBにより有機食品の品質を保証することで,消費者はPBが付与された有機食品を安心して購入することができたからである。これは,冒頭で述べたように生産者と消費者が流通業者を支えるだけでなく,流通業者が有機食品の生産者や消費者の拡大に寄与し得ることを示している。
本書を読んで改めて感じることは,バック・ツー・ザ・ランダーやヒッピーが有機食品市場の形成に与えた影響の大きさである。一般に,市場への参加者は経済合理性に基づき行動する。しかし,米国の有機食品市場は,経済合理性を追求した結果生まれたプラスチック的な食品に対抗するものとして位置づけられる。ここに,日本や欧州と異なる米国に固有な有機食品の特徴がある。すなわち,米国において有機食品は,食べ物(製品)としての価値よりも,行き過ぎた物質主義への抵抗という意味(ブランド)的価値の方が強かったのである。
そして,この有機食品市場における意味的価値の共有が,プラスチック的な食品を扱う既存の流通業者を排除し,ビジネス的には稚拙ながらその価値に共鳴する第三者の流通への参入を促すことになる。このことは,優れた有機食品スーパーだったホールフーズマーケットが,M&Aを繰り返し,店舗数や店舗規模を拡大した結果,プラスチック的な食品も扱わざるを得なくなり,その意味的価値を失い業績が悪化したことからも明らかである。また,ホールフーズマーケットの失敗は,有機食品流通の大規模化(多店舗化や大型店化)が難しいことを示すものであり,このことが有機食品市場において多様な流通形態が存在する理由のひとつだと言えよう。
本書の貢献は,上述したような有機食品流通の背後にある文化的要因を,現地での多方面にわたる詳細な取材と的確な観察眼のもと丁寧に描いていることにある。その内容は示唆に富むものであり,読者の関心や問題意識によって,著者が意図していない視点や解釈を導くこともできる。これも畢滔滔氏の著作の魅力だと言えよう。
本書は,日本マーケティング学会員が選ぶ日本マーケティング本 大賞2021の準大賞に選出された。本書が多くの学会員に評価されたことを大変嬉しく思うとともに,その書評を担当できたことを光栄に思う。ここに記してその意を表する。